モンサルバーチェ ピアノ三重奏曲:夢の中であやかしパッション

Spread the love


モンサルバーチェ ピアノ三重奏曲

前回は梅雨だから雨の音楽にしようとショーソンの歌曲「雨」を取り上げた。実際に書いていたときも雨が降っていたが、今日はカンカン照り、都内は最高気温35度とか何とか言っている。まだ7月も始まったばかりなのに、先が思いやられるなあ。
去年の夏も暑くて、夏バテ予防のクラシックとか地中海とか、南のソナタとか、そんな風な曲について書いたけども、今年の夏もそんな感じの曲紹介が増えてしまうかもしれない。今回はスペインの作曲家、ハビエル・モンサルバーチェ(1912-2002)のピアノ三重奏曲にした。ぜひエアコンを付けて快適な室温で音楽鑑賞をお楽しみください。


カタルーニャ州ジローナ出身のモンサルバーチェは、20世紀カタルーニャ音楽界で最も影響力のある人物の一人と言われていた。1876年生まれのカザルス、その下の世代に1893年生まれのモンポウと1897年生まれのカサドがいて、それよりさらに少し下の世代だ。バルセロナ音楽院でヴァイオリンと作曲を学んだモンサルバーチェは、作曲の傍ら、週刊誌「デスティノ」で音楽評論家として働き、1968年と1975年には同誌の編集長も務めている。作曲家としては、キャリアの初期はカタルーニャを席巻していた十二音技法とワグネリズムの影響が大きかったが、後に西インド諸島(アンティル諸島)の音楽にインスピレーションを受けた作品を生み出すようになり、またメシアンやオーリックらとの交流が続いたことで多調を用いるようになる。オペラから管弦楽、器楽、室内楽まで広く作曲し、スペイン内戦を描いた映画“Dragon Rapide”の音楽も担当している。
モンサルバーチェの最も有名な作品は1945年の「5つの黒人の歌」という、女声と管弦楽のための作品だろう。アンティル諸島の音楽の影響が大きいこの作品で国際的な評価は一気に高まった。長いキャリアで多くの作品を残し、ラローチャやランパル、ロス・アンヘレス、イエペスなどの巨匠たちが演奏している。晩年にはバルセロナ音楽院の教授も務め、90歳で亡くなった。

カリブ海の香り漂う音楽を紹介するのも良かったのだけど、今回挙げる「ピアノ三重奏曲」はまた少し趣向の違う、しかし実に魅力的な作品だ。経緯もやや変わっている。1986年のJornadas Cervantinas音楽祭の委嘱で書かれた“Balada a Dulcinea”と“Ritornello”をそれぞれ第1楽章と第3楽章に採用し、1988年に国立音楽・舞台芸術研究所(INAEM)の委嘱で書いた、1987年に亡くなったモンポウに捧げる作品“Dialogo con Mompou”を第2楽章にして再編。1989年6月6日、トリオ・モンポウによって初演された。

第1楽章Balada a Dulcinea(ドルシネアへのバラード)、ドルシネアはドン・キホーテが夢に描く理想の女性、ドゥルシネーア・デル・トボーソのことで間違いないだろう。ミュージカル「ラ・マンチャの男」でも売春婦アルドンサを「ドルシネア姫」と呼ぶ場面があるが、まさに美しい人に恋焦がれて歌うような音楽。依頼主のJornadas Cervantinas音楽祭は、スペインのラ・マンチャにあるエル・トボーソで行われる音楽祭なので、そういう繋がりで選んだモチーフなのだろう。必然、この曲の冒頭のヴァイオリンとチェロによる夢見心地のデュオはそういうことか。甘ったるいが、どうにも交わりそうで交わらない感じもいい。ピアノが加わり、独特の陶酔感ある音楽が奏でられる。夢の中で追い求める女性への、情熱的なバラード。
第2楽章Dialogo con Mompou(モンポウとの対話)、モンポウを追悼して作られたこの音楽はトリオの白眉だろう。モンポウには「対話」というピアノ作品があるが、それを彷彿とさせる雰囲気も持ち合わせている。序奏的な激しいアンサンブルに続き、ピアノはモンポウへの音楽へと近寄るようだ。それを支えながら流れを作るのがヴァイオリンとチェロの役割。ときに瞑想的に、ときに激しい感情の爆発も見せるピアノが美しい。

Mompou: Complete Piano Works


第3楽章Ritornello(リトルネロ)、いわゆるリトルネロ形式ではないし、厳密な意味ではないのかもしれない。始まりは熱く、少し落ち着き、中間部になるとタンゴ風の舞曲も登場する。リトルネロは愉快なリズムの繰り返しという意味かしら。こういう音楽を聴くとスペインらしいなと思ってしまうが、民族音楽的な要素だけでなく、全体的に細やかで変化の多い音楽は彩り豊かな土地の景色をも喚起させてくれる。音楽は徐々に盛り上がっていき、堂々たる合奏で終わる。


寄せ集め、というか合作なので統一感こそないが、オリジナリティのある音楽で、夢のような雰囲気、虹のような色彩、少しだけ現実離れした空気感を味わえるのも魅力的だ。モンサルバーチェの、もっとカリブ色の濃い音楽を聴きたい方は、記事最後に挙げているColumna Musica盤に「クァルテート・インディアーノ」という曲があるので、そちらをぜひ。
ミゲル・デ・セルバンテスは言いました。「1つのドアが閉まったときにはまた別のドアが開く」と。これは「ドン・キホーテ」前篇第21章に登場するセリフである(そして白銀リリィが引用したセリフだ)。昨日発表された大好きなバンドの活動休止ニュースに心痛めるも、泣いても喚いても仕方ないので全く関係ない音楽でブログを書いていた。が、ドン・キホーテが出てきて、この諺を思い出し、また少し考え込んでしまった。そんなに簡単に、次のドアになんて行けるもんじゃないですよ、ねえ、ドン・キホーテさん。

Xavier Montsalvatge: Cuarteto Indiano
Mac McClure & Ala Voronkova

ジェラール/モンサルバーチェ/カサド:ピアノ三重奏曲集
トリオ・アリアーガ


ここまで読んでくださった方、この文章はお役に立ちましたか?もしよろしければ、焼き芋のショパン、じゃなくて干し芋のリストを見ていただけますか?ブログ著者を応援してくださる方、まるでルドルフ大公のようなパトロンになってくださる方、なにとぞお恵みを……。匿名で送ることもできます。応援してくださった皆様、本当にありがとうございます。励みになります。

Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

にほんブログ村 クラシックブログへ にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ 
↑もっとちゃんとしたクラシック音楽鑑賞記事を読みたい方は上のリンクへどうぞ。たくさんありますよ。

Spread the love

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください