チゾーム ピアノ・ソナタ イ長調「赤いリボン」:オンリーワン、リボンかけ贈りたい歌を!

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チゾーム ピアノ・ソナタ イ長調「赤いリボン」


エリック・チゾーム(1904-1965)はスコットランドの作曲家で、当地の伝統音楽を取り入れた作品を多く残し、その功績の大きさから“MacBartók”の異名を持つ。Wikipediaの日本語版が結構詳しく書かれているので、プロフィールはそちらをどうぞ。Wikipediaでは作曲家、指揮者と紹介されているが、そこに「ピアニスト」と加えないのがもったいないくらい、凄まじい天才的ピアニズムを有する音楽家である。まあコンサートピアニストとして活動していたわけではないので書かれなくて仕方ないんだけども。チゾームの音楽には、バルトーク的な要素はもちろんのこと、ブゾーニやソラブジに勝るとも劣らぬピアノの超絶技巧的要素が見られる。バルトークに近い雰囲気を楽しみたいのなら、Hyperionから出ているピアノ協奏曲第1番「ピーブロック」を聴くのが良いだろう。ピーブロック(Pìobaireachd)とは、ざっくり説明すればバグパイプ音楽のことである。ダニー・ドライヴァー(p)、ロリー・マクドナルド指揮BBCスコティッシュ響の2011年録音。第2番も収録。今はHyperionもサブスクで聴けてしまうので、お気軽に。

Piano Concertos No.1 & 2Chisholm, E.


ピアノ協奏曲も非常に良い曲だが、もっとピアノ自体に目を向けて独奏曲を聴くのも楽しい。チゾームと同郷のピアニスト、マレイ・マクラクランがチゾームのピアノ作品全集を録音しており、第7弾までたっぷり鑑賞できる。その第1弾のCDに収録されているのが、今回取り上げるピアノ・ソナタ イ長調「赤いリボン」。副題だけ見たら可愛らしい音楽を想像してしまうかもしれない。この副題はピーブロックの曲に由来するもので、スコットランド貴族のシンクレア家の音楽である“Spaidsearachd Mhic nan Cearda”(シンクレアの行進、The Sinclair’s March)、またの名を“An Riobain Dearg”(赤いリボン、The Red Ribbon)と言い、いわば一族のテーマ・ソングである。この曲自体はチゾームの時代でさえ滅多に演奏されなかったとのことで、今もなお、詳しいことは調べてもほとんどわからなかった。情報をご存知の人がいたら教えてください。このチゾームのソナタが初演されたのは1939年11月、グラスゴーで演奏されて好評を博した。楽譜はチゾームが南アフリカのケープタウン大学の教授を務めることになった際に持参し、後年ケープタウン大学のアーカイブからバラバラの状態で発見されたとのこと。チゾームの娘による研究のおかげで復刻し、マクラクランは2003年12月にレコーディングした。40分近い大作ソナタである。2004年1月、チゾームの生誕100年を祝したウィグモアホールの演奏会で披露するために、マクラクランが33分ほどの長さになるようにカット。同年4月にカット版の方もレコーディングしている。記事冒頭に貼った音盤はフルバージョンの演奏、記事最後に貼った音盤はカット版の演奏。


第1楽章の冒頭は、その「赤いリボン」をバグパイプからピアノに完全に写したものだそうだ。確かにバグパイプらしい音程や、動き方を感じ取ることができる。バグパイプ的でありながら、その制限から解き放たれて自由になって、新しくピアノの鍵盤の上で「バグパイプで身に付けていた動き」がより複雑になって展開される。不思議な響き、不思議なテクスチャ。運指などはバグパイプ演奏由来のものなのだろうが、絶対に伝統的な民謡ではありえない音が出てくる、この奇妙さが実に面白い。それがまた、変奏曲としてさらなる変化を見せる。
第2楽章はスケルツォ、3+3+2のリズムで進む音楽。とてつもないエネルギーに溢れている。“The Prince’s Salute”というピーブロックが一応メインテーマのようで、開始からしばらくすると登場する。これは原曲がすぐに聴けるので聴いてみてほしい。ここでは原曲の雰囲気はほとんど感じられないくらいに、大地を踏み鳴らしながら猛スピードで駆け回る鍵盤が野を荒らしている。
第3楽章は「悲歌 – 潜水艦シーティス」と副題がある。1939年6月に沈没した潜水艦シーティスの事故を嘆いたもの。乗組員104名のうち99名が亡くなった痛ましい事故を知ったチゾームは、慰め以上にその悲惨さを強調した音楽を書いた。良心的兵役拒否者だったチゾームは、視力が低いという理由もあり兵役はせず国家娯楽興行組合の公演で従軍地を周り指揮をしたそうだが、弱視の市民向けに階段に白線を引く軍務なども行っており、後に「五線譜を書くようなものだ。バッハとベートーヴェンの全曲を書けるくらいには線を引いた」と語った。この楽章もまたバグパイプの運指から派生したフレーズで構築されており、彼独自の語法で戦争の悲惨さを表現している。潜水艦事故の直接の描写かどうかわからないが、乗組員が船体を叩く音を想像してしまう。直接の描写ではないとしても、この曲の持つ静けさは非常に恐ろしいものだ。
第4楽章はAllegro moderato、リズム、メロディともにスコットランドらしさを感じられる終楽章。旋法的で、そこに常に様々な形でヴィルトゥオージティが提示される。力強く、燃え上がるようなフィナーレ。長い曲だが、長さを感じないほどに多彩である。アーノルド・バックスがチゾームを高く評価したのも頷ける。濃密な音楽であり、自然の生命力、スコットランドの大地の持つ力とそこに根付く人間のメンタリティのようなものを感じる。全体を通して言えることだが、他のクラシック音楽で耳にしない手法のオンパレードなのだ。ドローンのような低音とその移行、ダブルトニックの強い印象、バグパイプの運指のような小さな装飾的フレーズとその繰り返しで作られる大きな建造物。そしてそれらをまとめ上げる高度に技巧的なピアニズム。何度も言うが、凄まじい音楽。荘厳ですらある。オンリーワンである。チゾームの作風も変遷があるけれど、このソナタはスコットランドの音楽を軸とした時期の作品で、特にピアノ独奏曲としては極めて独特の世界を持った傑作だと思う。まあ僕なんかは素人なので、表面的なところしか触れられないけども、チゾームの世界の深いところに挑むピアニストが今後も現れてくるのを期待しよう。

Music for Piano 1
Erik Chisholm, Murray McLachlan


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