
ラマス 我が民よ
新年一発目は元気よくモーツァルトにしようかな、なんて思っていたのだけど、路線変更。ベネズエラの古典派作曲家、ホセ・アンヘル・ラマス(José Ángel Lamas, 1775-1814)の曲を取り上げよう。モーツァルトより少し後の世代、ベートーヴェンが1770年生まれで1827年没なので、ほぼ同じ時代を生きた作曲家である。まあ面識はなかっただろうけど。スペイン植民地時代のベネズエラで最も重要な作曲家と言われている。

実はラマスの名前はこのブログでは二度目の登場である。2022年に書いた↓の記事をご参照ください。
この記事のアクセスが最近増加したので、せっかくならと思いラマスの曲を挙げることにしたのだ。増加した理由は言うまでもないだろう。
ラマスが活躍した時代のベネズエラは、フランシスコ・デ・ミランダやシモン・ボリバルが独立運動を行っている真っ最中とも言える。政治的・軍事的にも混乱した時代において、ラマスはそれらとは一線を置き、ひたすら音楽に身を投じた人物だった。
若くしてカラカス大聖堂の聖歌隊に加わり、ヴィオラ・ダ・ガンバやファゴットの奏者としても活躍。宗教曲を多く作曲し、上記の音盤解説では「同時代の作曲家の誰よりも神秘的で簡素、そして流動的であり、形式のバランスを崩すことなく、歌詞の内容を音楽的に表現することに成功している」と評されている。

18世紀後半は、ベネズエラの首都カラカスにおける音楽運動が黄金時代を迎えた時期でもあった。その中心にいたのが音楽に熱心な神父パラシオス・イ・ソホ(1739-1799)で、彼はカラカス近郊のチャカオという小さな町に音楽学校を設立する。ベネズエラではこの町から始まった音楽の隆盛を「チャカオ派」と呼ぶことがあるそうだ。ソホ神父を中心とした音楽家たちは、カラカスの礼拝堂や他の地域の様々な教会、チャカオに近いソホ神父のコーヒー農園など、色々な場所で音楽を演奏した。
ラマスはその一つ下の世代であり、いわばチャカオ派第二世代。ラマスの他にカラカス大聖堂のオルガン奏者を務めたホセ・カイエターノ・カレーニョ(1774-1836)や、スペインはバレンシアの名門音楽一家の血を引くペドロ・ノラスコ・コロン(1780-1818)などが該当する。
今回取り上げるラマスの「我が民よ」(Popule Meus)は、キリストが民を諌める“Improperia”という聖歌の冒頭部分である。ローマ典礼では珍しくギリシア語が入る典礼文だが、ラマスは前半部分のみを用いているので、ここでは全てラテン語詞である。歌詞は以下。
Popule meus, quid feci tibi? Aut in quo contristavi te? Responde mihi.
Quia eduxi te de terra Ægypti: parasti Crucem Salvatori tuo.
我が民よ、我汝らに何をなししぞ? 何につき汝らを悲しませしや? 我に答えよ。
我エジプトの地より汝らを導き出したが故に 汝ら救い主を十字架につけんとす。
古いものではビクトリアやパレストリーナ、ラッススの音楽もある。また同じテクストを用いた宗教曲は現代まで探したら色々あるだろう。フェデリコ・モンポウの“Improperia”というマルケヴィチが録音した宗教曲があるし、ペンデレツキのルカ受難曲でもこの一節が用いられている。
ラマスの「我が民よ」は彼の最も有名な作品で、1801年にカラカス大聖堂で初演された。検索すればYouTubeには合唱団が歌っている最近の動画も見つかる。10分ほどの長さで、ソプラノのソロと混声四部合唱が歌い、2本のオーボエと2本のホルン、弦楽セクションで構成されたオーケストラが伴奏する。植民地時代の音楽では唯一、今までずっと復活祭の時期に毎年必ず各地の教会で演奏され続けてきた音楽だそうだ。
序奏のオーケストラを聴いただけでも、ラマスのメロディメーカーとしての才能はわかるだろう。一般的な古典派の技法通りのオーケストレーションで、重々しいLargoで奏でられる序奏に続き、荘厳な合唱の登場。オケだけになる中間部は平行調の長調へ、ここはさながらベートーヴェンかシューベルトか、なんと美しい。後半は弦楽の刻みにも幾許かの勢いを乗せ、救世主の訴えも真に迫る。
20世紀ベネズエラの作曲家、フアン・バウティスタ・プラーサ(1898-1965)はラマスの「我が民よ」について、「今日のベネズエラにとって『我が民よ』は国歌と同じくらい国民的な性格を持つようになった。その美しい音楽はキリストの普遍的な魂の悲痛な嘆きに他ならない。しかし、この深い感情に満ちた歌の紛れもない響きこそ我々の心に深い共鳴を呼び覚ます。まるで祖先から受け継がれてきた国民への思いを表現しているかのようだ。ベネズエラ人の心の奥底にある良心と感情を神秘的に揺さぶるかのようでもある」と語っている。
第二の国歌、と言われるような音楽は各国にあるだろうが、それがこれほどにも悲痛な叫びである国はいくつあるだろう。私が一体なにをしたというのだ、あなたのために、あなたがたのために、こうして生きてきたというのに……そんな思いは、非難であり嘆きであり、同時に慰めでもある。魂の叫びを代弁してきた、魂に寄り添ってきた言葉と音楽なのだろう。
上盤の演奏はフルトヴェングラーのベネズエラ公演記事にも登場しているビセンテ・エミリオ・ソホ指揮ベネズエラ響と、ソホが創設したオルフェオン・ラマスという合唱団によるもの。Popule Meusの次には先述の記事でも挙げているBenedicta Et Venerabilisも収録されているので、ぜひ聴いてみていただきたい。
またイサベル・パラシオス指揮カメラータ・バロッカ・デ・カラカスがカラカス大聖堂で録音した演奏が、以下のMúsica del Pasado de América – Vol. 6: Música Sacra Latinoamericana del Barroco y la Coloniaで聴けるので、こちらもぜひ探してみてほしい。そして興味がある方は、以前書いた「ボリビアのバロック」という記事も読んでくださいね。

Música del Pasado de América – Vol. 6: Música Sacra Latinoamericana del Barroco y la Colonia
Author: funapee(Twitter)都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more






