マイネリオ バッロ集第1巻:汝の魔力が深く沈んだものを再び踊らせる

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マイネリオ バッロ集第1巻

アルト・フルートのための現代の音楽の次はずっと遡って、ルネサンスの管楽器が奏でる舞曲にしよう。先日たまたまパルマ王立歌劇場のプッチーニ:歌劇「マノン・レスコー」を配信で鑑賞したのだけど、そのパルマの地で生まれたジョルジョ・マイネリオ(c.1530s-1582)という音楽家を取り上げたい。イタリアのパルマ王立歌劇場も歴史ある劇場だし、ヴェルディがそこで名声を得ることになるわけだが、それよりもずっとずっと前の話。
パルマで音楽を学び、ウーディネの教会で聖職を務めつつ、当地の音楽家たちから更に学びを深めたマイネリオ。しかし聖職として働き出して数年で、彼は占星術や魔術、交霊術、あるいは科学といった、当時の「オカルト」にのめりこむようになる。夜な夜なマイネリオが女性たちと怪しい秘儀を実践している、などという目撃情報も出てくるようになると、彼はアクイレイアで異端審問にかけられてしまう。結局は無罪となったが、教会の同僚たちとの不仲もありウーディネで居場所を追われ、アクイレイアの大聖堂にて職を得る。アクイレイアの人里離れた場所でひっそりと暮らしながらも、最終的には大聖堂の楽長も務めた。晩年はヴェネツィアやアンコーナを旅したり、温泉や保養地へよく出かけたそうだ。また、健康状態が悪化し楽長の仕事ができなかった話などが当時の新聞の記録に残っているそうだ。

マイネリオが楽長を務めた大聖堂は「アクイレイアの遺跡地域と総大司教座聖堂のバシリカ」として世界遺産に認定されている。画像掲載元:Wikipedia

このバッロ集“Il primo libro de balli”、つまりは「舞曲集」くらいの意味だけども、これはマイネリオがアクイレイアの大聖堂で楽長を務めていた1578年、ヴェネツィアで出版された。これはマイネリオの創作というより、当時すでに人気だった様々な舞曲を集めたコレクションである。しかもかなり幅の広い選集で、ヴェネツィアやウーディネ、ミラノなどイタリア国内だけでなく、フランスやドイツ、ハンガリー、オランダ、そしてマイネリオの出自とも関係あるスコットランドのものもあり、いわばヨーロッパのダンス博覧会状態と言える。
マイネリオはもちろん教会のための音楽も作っていて、このバッロ集は出版順で見るとちょうど大きな宗教作品2つの間に挟まれている。宗教音楽の楽譜は現存していないようだ。バッロ集は21曲からなり、それぞれの曲の元ネタや別の収録譜など、いわゆる元ネタ探しの研究も進められていて、そのほとんどが当時すでに流行していた舞曲だとわかっているらしい。故にルネサンス舞曲のコレクションとしての価値も大きい。


全てに言及すると長いのでピックアップしよう。La Zanetta Padoanaというパドヴァ風舞曲がある。パヴァーヌに似た舞曲のことで、この曲はマイネリオの選集だけでなく、ウーディネのリュート奏者による楽譜などが残っているそうだ。Zanettaは人名か。当時のヴェネツィアではこのようにして、貴族の女性に献呈する際にその名前を付ける習慣があり、それを模したものと見られている。この次の曲にはLa Saporita Padoanaという名前が付いた舞曲もある。
Ungarescha、比較的有名なハンガリー舞曲で、ヤコプ・ペ(1556-1623)のオルガンのためのタブ譜にも収録がある、ノリのいい楽しい音楽だ。歌詞もあり、「愛しいバラよ、愛しい人よ、歌声が聞こえるかい? 陽気な音楽が鳴り響いている。一緒に踊ろう」という内容。実に愉快である。クラシックに興味がない人でも、何かのアニメやゲームのBGMなんかを思い浮かべる人もいそうだ。一方でTedescha、ドイツ風と名付けられた舞曲は、カチッとしていながらも抒情的な美しさが感じられる、これも良い音楽である。
Schiarazula Marazulaという曲がある。これはマイネリオのオカルト傾倒とも関わっているらしい。イタリアのフリウリ地方の古い舞曲で、悪魔祓いや雨乞いの舞として使われていたものだそうだ。そういう背景を知って聞けば、もうそういう音楽にしか聞えないはずだ。この儀式は年々激しさを増していったそうで、1624年には異端審問にあったとのこと。あとはBallo Milaneseという曲もある。ミラノ風バッロ、サイゼリヤで流してみたい曲ナンバーワンだな。


今挙げた曲は、記事冒頭に画像を貼った音盤に収録されているマイネリオの舞曲である。演奏はensemble feuervogel、リコーダーアンサンブルと、ここでは打楽器奏者イアン・ハリソンが加わっている。生き生きしていて楽しい、良い演奏だ。アルバムのコンセプトも面白い。“Observations of Venice”と題して、ヴェネツィアにまつわるルネサンス音楽を、他の多くのルネサンス期ヴェネツィア音楽集とは少し異なる視点で集めている。マイネリオだってヴェネツィアの作曲家とは言えないが、彼のバッロ集にあるような様々な国、地域の音楽がヴェネツィアの広場では絶えず聴こえていたことだろう。
上盤の解説では、16世紀イギリスの旅人・作家であるトマス・コリヤット(Thomas Coryat, 1577-1617)の著書『イタリア、フランスなど5ヶ月の旅で大急ぎで貪ったコリヤットの雑記集』から、ヴェネツィアの記述を引用している。

「ここでは、あらゆる種類の服装を目にすることができ、キリスト教世界のあらゆる言語を耳にすることができる。この場所は、実に多くの地域や様々な国の人たちが集まることで有名な場所として、称賛に値する。ポーランド人、スラヴ人、ペルシャ人、ギリシャ人、トルコ人、ユダヤ人、キリスト教世界のあらゆる有名な地域のキリスト教徒がおり、それぞれの国民は独自の習慣によって区別される。実に素晴らしい光景であり、ヨーロッパ諸国の中でも群を抜いて素晴らしいものだ」

Coryat’s Crudities hastily gobbled up in Five Months Travels in France, Italy, &c (1611) 画像掲載元:Wikipedia


マイネッロのバッロ集が出版されたのはコリヤットが生まれた1年後なので、コリヤットが実際にヴェネツィアで聴いた音楽がマイネッロのものと同じようなものかは正直わからない。でも、ヴェネツィアという多くの異なる人々が集う場所で、様々な愉快な音楽が奏でられていたんだろうなと想像するのは楽しい。

Dampyr #107 画像掲載元:Comic Vine

なお全くの余談だが、イタリアの人気ホラーコミック『ダンピール』(Dampyr, 2022年に実写映画化されてる)では、第107話にマイネリオが登場する。グラードの潟個から古い弦楽器が浮かんできた、それは数世紀前に悪魔の疑いをかけられたことで悪名高いジョルジョ・マイネリオのプサルテリウム(ハープやツィターのような古楽器)だった、長い間水中に沈んでいたにもかかわらず、楽器は新品同様の状態だった、これは「悪魔のプサルテリウム」だ……というお話らしい。興味のある方は元のマンガを読んでみてください。オカルトの秘儀か悪魔の力のおかげか知らないけど、マイネリオが残してくれたルネサンスの舞曲は今もなお当時のままの状態で、生き生きと現代に蘇っていると言えよう。よし、上手くまとめたぞ。めでたしめでたし。抜粋ではなく全曲の録音は↓。

Mainerio: Il primo libro de balli
Consort Veneto


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Author: funapee(Twitter)
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