パーシケッティ マリーナ姫 作品83
今年は本当に仕事が忙しく、ブログ書く暇がないのが悔しいのだが(XとかいうSNSをやめればいいんだけどね)、一応、月に一度くらいは書いているので、8月にも何か書こうと思いネタを考えてみた。そういえばパーシケッティはまだブログで挙げていないなと思い出したので、取り上げることによう。
アメリカの作曲家、ヴィンセント・パーシケッティ(1915-1987)は5歳で音楽学校に入学した神童だった。後に作曲をロイ・ハリス、指揮をフリッツ・ライナーに師事。1962年にジュリアード音楽院の作曲科教授を務め、フィリップ・グラスをはじめP. D. Q. バッハことピーター・シックリー、ジェームズ・デプリースト、一柳慧を指導している。また和声法の著作でも知られる。

多作家だったが録音はそう豊富にある訳ではないので聴き専のクラシック音楽ファンには馴染みが薄いだろう。吹奏楽界隈であれば彼の名は比較的知られているかもしれない。でももう、吹奏楽コンクールはもちろんのこと、演奏会でさえパーシケッティをやる団体なんてほとんど無いのかもね。僕は高校生の頃に「ページェント」という吹奏楽曲でパーシケッティを知ったのが最初だった。↓のCDである。ページェント、これも良い曲なんだよなあ。他にも「吹奏楽のためのディヴェルティメント」や「交響曲第6番」、「仮面舞踏会」などが吹奏楽作品として知られている。
5年前にTwitterでリディアン四重奏団が演奏するパーシケッティの弦楽四重奏曲集を話題にしたことがある。4曲とも素敵な作品で、パーシケッティの作風の変化もわかるのでオススメだ。これをブログでもう少し語ろうかなと思ったのだけど、夏なので海っぽいものにしようと思い路線変更。やっぱり8月は海の話をしないとね、と最近キャンプで森に行ってきた人間が言っても説得力ないか。ブログではアイカツ楽曲記事の方も更新がほぼ止まったままだし、ここは一つアイカツスターズ!の夏の名曲である「8月のマリーナ」にちなみ(?)、8月に「マリーナ姫」という題名の作品を取り上げることで、僕からのアイカツスターズ!10周年お祝い記念記事といたしましょう。
【リディアンSQの功績①】以前シューベルトの死と乙女のツイートで少し話題した、リディアン四重奏団。好きなカルテットです。彼らの最大の功績のひとつ、米国の作曲家ヴィンセント・パーシケッティ(1915-1987)の弦楽四重奏曲集。奇想と哀愁に満ちた2番、良い曲😊#GoTo室内楽https://t.co/JBFneim7UM
— ボクノオンガク (@bokunoongaku) December 29, 2021
「マリーナ姫」(Infanta Marina)はヴィオラとピアノのための作品。単一楽章で時間は10分程。アメリカの詩人ウォレス・スティーヴンズ(1879-1955)の詩集『ハーモニウム』に同じ題の詩がある。パーシケッティはこの詩集『ハーモニウム』を用いた歌曲集を作曲しており、その中の「マリーナ姫」(2,3分の曲)をヴィオラとピアノ用に拡大して再編成したのが今回取り上げる作品だ。参考までに当該の詩と拙訳を載せておこう。
Her terrace was the sand
And the palms and the twilight.
She made of the motions of her wrist
The grandiose gestures
Of her thought.
The rumpling of the plumes
Of this creature of the evening
Came to be sleights of sails
Over the sea.
And thus she roamed
In the roamings of her fan,
Partaking of the sea,
And of the evening,
As they flowed around
And uttered their subsiding sound.
彼女のテラスは砂浜と
椰子の木々と黄昏だった。
彼女は彼女の手首の動きで
その壮大な身振りを為し
彼女の思想を為すのであった。
羽をゆらゆら揺らしている
夕暮れ時の生き物は
なめらかなる帆へすり替わる
海の上をすべるように。
そうして彼女は彷徨った
彼女の扇の彷徨いに、
海を分け合い共にして、
また夕暮れも共にして、
周り周りを漂うように
そして静まりゆく音を発したのであった。
訳すの難し過ぎて意味わからんけどご容赦ください。ofが多いのが鑑賞のポイントなんでしょう。語感も柔らかくて良い。
マリーナ姫はどんな姫なのかしら。羽と尾羽のあるクリーチャーなんでしょうか。それとも怪物のような魅力を持つ魅惑のプリンセスなんでしょうか。というのは、検索したら羽と尾羽があるという風に訳しているサイトを見つけたのだけども、個人的には手首を動かしまくっているんだからher fanは姫の持つ扇を想像するし、the plumesは羽飾りとかそういうものだと思う。そっちの方が、なんというかビジュアルを想像したときに、僕の好みなんだなあ(笑) 羽から帆、帆から海。生物が自然へと溶け込んでいく。
そもそもタイトルだって「海の王女」で良いのかもしれない。以前ボロディンの「海の女王」という曲についてブログを書いたが、ボロディンの曲も本来の意味は女王じゃなくて王女なので、なんかそんな曲ばっかり取り上げている自分の好みに笑ってしまう……いいじゃんね、可愛いお姫様のことを色々考えて妄想したら楽しいもんね!
ヴィオラとピアノのための作品なので歌詞は無いけど、ぜひ歌曲集の方も合わせて聴いてみてください。記事下にリンク貼っておきます。歌曲の方は短いけれど、こちらは10分くらいあるので、かなり雰囲気たっぷりに楽しめる。ヴィオラの音色も、不気味さも感じられるが、艶めかしさもある。ピアノとも上手に柔らかく絡みあっている。
ロマン派だったらもっと甘々の甘口な音楽になってしまいそうだが、20世紀半ばの詩の雰囲気と音楽とで、どことなく涼し気ですらある。ウェーベルンまではいかないものの、程よく人間離れしつつ、程よく人間味を感じる。終わり方もそうだ。あまり突き放すような印象ではなく、瞬く間の夢を見ていたような、ファンタジー短編の終わりのような……黄昏のほんの短い時間にだけ見られた、不思議な情景。ヴィオラには黄昏がよく似合う。
1960年に作曲され、翌年初演。BISレーベルに今井信子の1996年録音がある。記事冒頭に貼った、武満徹の「鳥が道に降りてきた」を収録した音盤に入っている。この「鳥が道に降りてきた」という曲は武満が今井信子に献呈した、アメリカの詩人エミリー・ディキンソン(1830-1886)の詩を下敷きにした曲だ。ぜひ武満/ディキンソン作品と、パーシケッティ/スティーヴンズ作品と、両者を聴き比べてほしい。また僕としてはそれ以上に、パーシケッティの短い黄昏の幻想音楽の直後に、ヴィエニャフスキの「夢」を配置するナイスな曲順の方を称賛したい。もちろん他の作品も皆素晴らしい、素晴らしいアルバム。名盤だなあ。
Author: funapee(Twitter)都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more









