「私は芸術のための芸術を創るよりも、大衆のための絵の制作者でありたい」(アルフォンス・ミュシャ)。素敵な台詞ですね。
森アーツセンターギャラリーで開催されたミュシャ展に行って来ました。ゴールデンウイーク中だったので、当然大混雑していましたが、行くチャンスもなかったので、致し方ない……しかし展示はどれも素晴らしく、行った甲斐はありましたよ。
『ジスモンダ』、『椿姫』、『ロレンザッチオ』、『メデイア』、『トスカ』のポスター。ミュシャがパリやプラハの出版社と挿絵の仕事で生計を立てていた時代、フランスの大女優サラ・ベルナール主演の芝居『ジスモンダ』の宣伝ポスターをデザインする機会に恵まれます。縦長で大判の紙に、聖像のような立ち姿のヒロイン、繊細で優しい色使いとアラベスク、このポスターが1895年の元旦にパリの街角に貼り出されるやいなやこれは大センセーション。この『ジスモンダ』の成功でミュシャはサラ専属ポスター絵師のようなポジションを得て、『椿姫』、『トスカ』、『ハムレット』などのポスターを次々にデザインしたそうです。クラシック・ファンとしては、ちょっと見入ってしまいましたね。
147.5×389cmという大きな作品もありました。これは『演劇芸術のアレゴリー』という作品で、ニューヨークに「ドイツ劇場」が新設される際、ミュシャは壁画や緞帳のデザインを任されるのですが、一説にはその緞帳の習作ではないかとされています。左から、鳥の囀りを聴く女が「詩」、腰に右手をあて肘を張る堂々とした女が「演劇」、頭上にマスクを付けた女が「悲劇」、道化の衣装を着た男が「喜劇」を、それぞれ象徴しているとのこと。これもやはり、色がきれいです。
ドンペリで有名なモエ・エ・シャンドンの、2種類のシャンパンのためのポスター。左は「ホワイトスター」、甘口のシャンパンだそうですが、葡萄の樹と花に囲まれ、房を持って優しく微笑む女性が描かれています。ピンクを基調として、肩を出した衣装の女性は、明るい雰囲気を醸し出しています。右は「ドライ・アンペリアル」、皇帝の名を持つこの辛口シャンパンのために、ミュシャはゴブレットや宝石に彩られ、ライオンの玉座の前に立つオリエンタルで高貴な女性を描きました。花冠は葡萄の花でしょうか。
この『夢想』は、花の芸術家、女性の芸術家としてのミュシャを代表する作品かもしれません。花に彩られた円環は、宗教的な伝統様式ですが、ミュシャはこの円環を背景にするのが、観衆の目線を中央に集める効果があって好んでいたようです。明る過ぎず暗過ぎず、均整の取れた彩色で美しいですね。女性の服の装飾も繊細です。1898年の迎春用にパリのシャンプノワ社から依頼されたものですが、これは一般向けの装飾パネルとしてロゴ等を排したものです。
一般用の装飾パネルは19世紀終わり頃にはかなりの流行を見せていました。安価で均質に量産できるポスターは市民社会に広く受け入れられ、中でも西洋美術のモチーフとして定番の「四季」のポスターは人気があり、多くのヴァリエーションがあります。上の1896年のものは屏風型のフレームで、装飾も豪華です。左から、赤いけしの花を頭に付け、水に足を浸している「夏」、花が咲き乱れ小鳥が歌い、竪琴を弾く「春」、葡萄を手にして佇む「秋」、雪の中で衣に身を包む「冬」。すべて女性なのがミュシャらしいですね。下は1900年のもの。これには詩が添えられています。
冬の霞の中から姿を現わす「春」は、太陽の光と花を伴って新年の慶びを運んでくる。
豊かな光を浴びて実った小麦の茂みを横切る「夏」。
チュルソス(葡萄の葉や蔦が巻かれ先端に松毬が付く酒神デイオニュソスの杖)を持ちー年の実りを象徵する「秋」は、夏の陽光を浴びて黄金色に熟れた果実を見せている。
眠りについた自然の静寂の中で氷霧から身を守る「冬」。
諸芸術を擬人化した女性像を描いた『四芸術』は、まあアレゴリーですね。左から、「ダンス」、これはやはり動きのある構図ですね。爽やかな朝の風に髮をなびかせて、軽やかに舞う女性です。上部の両隅には向日葵と蝶々の模様が配されています。「絵画」では陽の光が降り注ぐ昼間、水滴を帯びた赤い花から虹が円を描いて展開してます。女性は花をじっと見つめており、また背後の円環には孔雀の飾り羽の目玉模様のような飾りがあり、視覚芸術としてのメタファーのようにも思えますね。「詩」は、ー番星の輝く黄昏時、頓杖をつき物思いに耽る女性 です。女性の背後にある植物は、詩人に霊感を与えるアポロンの霊木ロ一リエだそうです。右端の「音楽」は、やはり耳元に手をやる女性として描かれ、夜に囀る小鳥ナイチンゲールの群れが、上の両端には鈴蘭が添えられています。
季節や芸術のほかに、宝石や星の擬人化もあり、面白かったですね。大衆にとってわかりやすいこと、これはミュシャも目指したところでしょう。また、最後の方の展示では、祖国チェコのための仕事にスポットを当て、スラヴ民族の結束のため、ひいては広い人類の結束、平和に貢献するために仕事をする、というまさに「ミュシャの祈り」が込められた作品が沢山展示されていました。彼が大衆のための芸術を目指したのは、そんなスケールの大きな祈りがあったからなんでしょうね。こうした志は素晴らしいですし、感激しました。良い展覧会でした。
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都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more