クラ 交響組曲「航海日誌」:熱にうかされ舵をとるのさ

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クラ 交響組曲「航海日誌」


4年前にジャン・クラ(1879-1932)のピアノ三重奏曲「象徴的な旅」についてブログを書いたとき、クラのことを「船上の作曲家」なんて書いた。海軍士官と作曲家の二足のわらじで活躍したクラだが、実際に「船上」で書いた作品となるとどのくらいあるのだろう。フランスがドイツから賠償艦として取得した駆逐艦アミラル・セネに乗っているときに、クラがピアノ五重奏曲を書いたという記録はある。全て調べている訳ではないのでわからないが、当然地上で海のことを思い描きながら作曲したものあるはず。
しかし今回取り上げる交響組曲「航海日誌」は、その名の通り船上で作曲されたもので、1927年の作品。この年からクラは、あの有名な戦艦プロヴァンスを指揮することになる。当時のフランスの所有する最強の戦艦である。1929年までプロヴァンスを率い、1931年からは故郷ブレスト港に少将として赴任。その翌年に亡くなった。
クラは1928年に船上で、「私は海にいる数年間をできるだけ有効に使って仕事をしようと思っている。この条件は、何よりも誠実で依頼のない作品、書かれたものに印象を受ける仕事には特に好都合なのだ」と書いている。その結果、代表作とも言えるような素晴らしい管弦楽のための組曲が出来上がったというわけだ。


「航海日誌」というくらいだから、航海の記録がオーケストラ音楽として描かれている。3つの楽章それぞれに副題と実際の航海日誌に基づくコメントが付いており、1楽章は「8時から深夜0時まで:大海原のうねり、空は曇り、夕暮れには晴れ、何も見えない」、2楽章は「深夜0時から4時:TBT MTB RDP(美しい天気、美しい海、特別なことはない)、月明かり」、3楽章は「4時から8時:陸地が見える、真っ直ぐ進んでいる」と書かれている。TBT MTB RDPは船乗りの専門用語なのだろう、和訳は上述の通りで、très beau temps, mer très belle, rien de particulier、ということらしい。スコアの最後には「トゥーロン、プロヴァンス号にて、1927年12月11日」と記されている。


海がテーマで3楽章のフランスの20世紀初めの管弦楽作品……となれば、ドビュッシーの交響詩「海」を思い描く人が多いことだろう。1903年から1905年にかけて作曲されたドビュッシーの傑作、僕も10年前にブログに書いているので、ご覧ください。

ドビュッシーの「海」に対して、クラの「航海日誌」。やはり共通するところもあれば、異なるところもある。クラがドビュッシーの海を意識しているのは、独特の音階やリズムなどから、聴いてすぐに感じられると思う。しかし、クラの方は自然描写や繊細な印象ではなく、もっと人間的だ。ドビュッシーが海を描いたように、クラはドビュッシー流の海の描き方を参考にして、あくまで航海を記している。音楽学者ミシェル・フルーリーは「ドビュッシーの海の神秘的な汎神論が、ここでは尋常でない深い信仰の行為に変わり、フィナーレでは人間の王国への帰還が告げられる」と書いた。海そのものではなく「航海」という人間の営み、そしてそれを物語として表現するのではなく、どちらかというと淡々と書く「日誌」なんだというところも、この曲の面白さのひとつだ。この交響組曲では、シンドバッドが大冒険を繰り広げることもなく、寄る港町ごとの楽しい情景が描かれることもない。おそらく、航海日誌を付けるというのはそれ自体が楽しい行為ということでもないだろうし、むしろ業務として大変なことでもあると思う。この音楽でも、ストーリーを「盛って」語るようなことはないし、かといってドライ過ぎるようなこともない。そこにあるピュアな情熱は、クラにしか書けないものだと思う。

1楽章を聴いていてふと思ったのだが、3連符と海のうねりを最初に結びつけたのは誰なんだろう。勝手にドビュッシーかと思っていたけど、よく考えるとリムスキー=コルサコフのシェヘラザードの方が早いし、なんなら「サトコ」の方が先だ。まあ誰のおかげかわからないが、クラがドビュッシーを参照しなければいけないのは、フランス作曲家の掟のようなものかもしれない。ホルン、コールアングレ、オリエンタルな主題も美しい。
2楽章も木管が美しい。弦楽も。平和な航海の緩徐楽章。それにしても海の広さを思い起こさせる音楽であることよ。2度で動く音形が続くと、特に後半の盛り上がりなども含め、非常にドビュッシーの海に近いものを感じる、つまり海それ自体が描かれている、それすなわち、平和な航海を意味する。
3楽章では船が力強く進んでいるのだろうと、低弦がそう思わせる。これは到着した先のフェスティバルではないにしろ、目的地が見える喜びや、きっと待っているであろう祝祭ムードを先取りするかのような、そんな音楽にも思える。金管をはじめ、リズミカルな主題からはワクワクしているのが伝わるのだ。
自然描写でもない、ファンタジーでもない、船上の作曲家らしいロマンが溢れている。


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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