シェーグレン 6つのノヴェレッテ 作品14
前回はシベリウスにしようと思って結局パガニーニになってしまったので、罪滅ぼし……ではないが、今回は北欧にしよう。スウェーデンの作曲家、エミール・シェーグレン(1853-1918)を取り上げたい。
ここ2,3年の僕のお気に入り音楽鑑賞の一つとして「Swedish SocietyレーベルがMAP(Malmö Audio Production)のCDをサブスク配信で復刻しているのを聴く」が挙げられる。演奏/録音の質も高く、入手しにくい音盤なども上げてくれるのでサブスク万々歳である。これからもバンバン上げてほしい。当地の名演奏家の録音はもちろん、知られざる古典の作曲家からスウェーデン近現代作曲家まで、どれを聴いても素晴らしい。大好き。
先日聴いた、ノルウェー生まれのピアニストであるトム・エルンストの録音も大変良かった。ティボ、シェーグレン、ラーション、ルーセンベリの作品。どの曲も素晴らしかったが、ティボの激しいソナタの直後に聴いたシェーグレンのノヴェレッテ第2番がひときわ心に響いた。このエルンストの録音では全曲ではなく抜粋だったが、記事最初にリンクを貼っているCapriceレーベルのアンデシュ・シールストレムの録音では「6つのノヴェレッテ」全曲が入っている。
Rosenberg/Larsson/Sjogren
Tom Ernst (アーティスト)
ストックホルムの教会でオルガン奏者を務めたエミール・シェーグレン(1853-1918)。オルガン演奏はもちろん、ピアニスト、教師、作曲家としても活躍した。1901年から大戦前までは妻とともにパリに定期的に滞在するようになり、彼の音楽だけを演奏するコンサートも多く開かれたそうだ。オルガン曲であればギルマンも演奏したそうだし、ヴァイオリン曲ならティボーやエネスクも演奏。当時のパリで最も演奏されたスウェーデンの作曲家とも言われている。
シェーグレン作品で大編成のものはごく僅かしかなく、ほとんど器楽曲、室内楽に偏っており、当時と変わらず現代でもオルガン作品やピアノ独奏曲、ヴァイオリンとピアノのための作品がよく取り上げられる。ヴァイオリン・ソナタは5番まであり、どれも味のある素敵な曲なのでオススメしたい。
Violin Sonatas
VARIOUS ARTISTS & エミール・.シェーグレン
さて、ノヴェレッテというのはドイツ語で短編小説を意味する言葉で、シューマンがピアノ曲に導入して以来、様々な作曲家がノヴェレッテと名の付く作品を残している。シェーグレンが「6つのノヴェレッテ」を作曲したのはシューマンの曲から50年ほど後の1884年。上述したパリで大活躍した時期よりももっと前、一通り音楽教育を受けてストックホルムの教会でオルガン奏者をしていた頃だ。同じ頃の有名クラシック音楽というと、1883年にブラームスが交響曲第3番を、1885年に交響曲第4番を作曲。パリでは1884年にフランクが「前奏曲、コラールとフーガ」を作曲、北欧では同年にグリーグが組曲「ホルベアの時代から」を作曲している。
「6つのノヴェレッテ」はカール・ボダッハという人物に献呈されており、ボダッハは当時ストックホルム最大の葉巻工場を営む人物で、1883-86年にシェーグレンが海外に短期滞在するのを支援した人物らしい。シェーグレンはコペンハーゲン、ウィーン、メラーノ、ミュンヘン、パリを訪れたという。そのお礼としてボダッハに捧げられた。
第1番Allegretto vivace、3拍子の穏やかなワルツ風音楽。2拍目から始まる8分音符のフレーズが特徴的だ。バロック時代のような舞曲的リズムに、転調や半音階が入り混じり、静かながら複雑な情感の漂う独特な雰囲気。クライマックスの高ぶりも美しい。
第2番Andante、ぽろりぽろりとほぐれるような、それでいて柔らかく連なる16分音符、そんな優しく転がる音の上で歌われるメロディの美しさ。すっと心に入り込む、清廉な音楽。挟まるシンコペーションや立ち止まるような和音もいい。最後にはオクターブ上でメロディが現れる、実に可憐である。アンコールピースに使うのも良さそうだ。
第3番Vivace、前曲から雰囲気をガラリと変える、まるでそりに乗って雪山を下っているような情景も浮かぶ。この曲はいかにも北欧らしい、気がする。2拍子で駆け抜ける音楽だが、あまり激しく動いているようには聴こえず、不思議と清らかな響き。拍子が変わる中間部はシューマンさながらの付点のリズム。高音低音を交互に鳴らす強い和音もそれっぽい。再びそり滑りに戻り、最後に少しだけ符点リズムのパートが再登場。しかしすぐに元に戻り、最後はさらにテンポを上げて白熱のコーダ。
第4番Allegro con moto、愉快なVivaceからうってかわって怪しさあふれる雰囲気。シューマンの予言の鳥のような、不気味とまでは言わないもののどこか不思議で幻想的な空気感。三連符と半音が特徴的だ。こういう良い「ハズシ」がある組曲もの、好きだなあ。まあ厳密には組曲ではないが、ぜひ多くのピアニストに、この「6つのノヴェレッテ」を抜粋だけでなくて通しで弾いてほしいと思っている。
第5番Allegretto quasi Andantino、ハ長調でやや保守的、古典的な音楽。まるでメンデルスゾーンやシューベルトの時代に近づいたような主題が楽しめる。天国的な冗長さ、ではないけれど、6曲の中で最も演奏時間が長い。Piu Animatoになっても、美しい旋律を歌い上げる音楽であることには変わらない。しかし感情が極まってくるとロマン派的な情緒も顔を出す。そうなるとさながらショパンの調べ。
第6番Finale. Allegro vivace energico、終曲も非常にシューマン風だ。謝肉祭や幻想曲でも聴かれるような行進曲。いかにもシューマンが用いそうなフレーズ、というか、実際に用いたフレーズにかなり似たフレーズも度々登場するので、シューマン好きは嬉しいだろう。まあ、ノヴェレッテというタイトルの音楽に惹かれる人はほぼほぼシューマン好きだろうし、ノヴェレッテ界の本家本元を引いて〆るのも良いものだ。勝利の凱歌、物語のハッピーエンド、外遊も実りある楽しいものでしたと嬉々として報告しているのも想像してしまう。もちろんシューマンより後の時代だよなという趣きの半音階や和声の使用も感じ取れるのだが、どことなく、シューマンよりも良い意味で健康的、シンプルなイメージすら受け取れてしまうのが個人的には面白い。
シューマン好きはもちろん、そうでない人にもぜひオススメしたいシェーグレンのノヴェレッテ。短編小説を読むように、気軽に聴きてみていただきたい。日本の有名な短編小説の書き出しをパクって副題にしてみたけど、僕は山手線に跳ねられていません。シューマンの音楽にはよくボディーブローを食らっていますが……シェーグレンがそんなときの養生になるかはわからないけど、とても良い音楽。そういえばスウェーデンの小説って知らないな。
Sjögren: Piano Sonata No. 1 / Erotikon / Novelettes
Anders Kilström
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more