めっきりコンサートに行く頻度が少なくなってきていますが、珍しく行ける日ができましたので、名フィル東京公演や群響東京公演とも迷いましたが、「良いピアノを聴きたい!」という気持ちがオケを聴きたい欲に勝り、アンデルジェフスキのリサイタルに。一応チラシではアンデル“シェフ”スキと濁らない表記なんですね。コンサート終わってから気が付きました。
【ピョートル・アンデルシェフスキ ピアノ・リサイタル】
(2018年3月18日、ヤマハホール)
バッハ/平均律クラヴィーア曲集第2巻 第1番 前奏曲とフーガ
モーツァルト/幻想曲 ハ短調 K.475
モーツァルト/ピアノ・ソナタ 第14番 ハ短調 K.457
ヤナーチェク/草陰の小径にて 第2集
バッハ/イギリス組曲 第6番 ニ短調 BWV811
アンコール
バッハ/平均律クラヴィーア曲集第2巻 第17番 前奏曲とフーガ
ショパン/マズルカ ハ短調 作品56-3
前日はすみだトリフォニーホールでオールバッハプロだったようで、しかもアンコールにヤナーチェクの草陰の小径にて第2集を全部やったそうで、ヤマハホールに向けての練習はバッチリというところでしょう。やはり小さいホールで聴くのは良いもんですね。最近こういう感覚を少し忘れていたような気がします。
前半はバッハの平均律1曲とモーツァルト、すべてぶっ続けで演奏。ひえーと思っていたら、後半もまさかのヤナーチェクとバッハぶっ続け。弾く方は集中力が保てて良いのかもしれませんが、聴く方も相応の集中力を要します。いや参った参った。個人的に期待していたのは後半の曲目たちで、どちらも引き込まれました。それこそ聴くのに集中してあっという間の時間に感じました。特にヤナーチェクのこの作品はあまり生で聴く機会もないのでラッキーでしたし、ちょっと仄暗い作品の雰囲気がよくマッチしたヤマハのピアノで聴けたのもラッキーでしたね。演奏には感服するばかりです。響き、構成を把握した表現、文句なしの名演です。よく整っていて、クローズドで親密な音楽でした。そんな作品のひとまとまりの感覚に浸ろうと思った途端、即バッハのイギリス組曲に突入したので、不意を突かれて驚きました(笑)
バッハに関しては前評判の良さも聞いていたので、イギリス組曲も期待大でしたし、実際に聴いてこれはもう、モダンピアノで弾くバッハの音楽を聴く悦びここに極まれり!という感じです。グールドじゃありませんが、チェンバロでなくてピアノだからこそ意味のある演奏をしてくれる人ですね、アンデルジェフスキは。稀代のバッハ弾きと言えましょう。これもヤナーチェクと同じく、ヤマハの音色もよく合っていました。どことなく祈りや内省的な雰囲気を感じるものはヤマハの得意分野のような気がしますね、あくまで僕個人にとってですが。すみだトリフォニーではスタインウェイだったでしょうし、想像してそっちもなかなか良さそうだなあなんて思いましたが、真摯に向き合うようなバッハ演奏や、プライヴェートでインティメイトな音を望むシューマンやグリーグ寄りのヤナーチェク作品には、とても合います。
どうしても音の響きばかりの感想になってしまいますが、これは実際、アンデルジェフスキの響きに対するこだわりが、良くも悪くも少し常軌を逸していたからのように思います。バッハ、ヤナーチェク、ショパン、モーツァルトの緩徐楽章なんかは、音色や響かせ方の機微・その統制に至っては、他の追随を許さない強い独自性に違いないでしょうね。ですがその代償として、リズムが犠牲になってしまう部分もありました。アンデルジェフスキが選んでいる曲は、そういうリズム的なリスクが小さい曲だなあとも思いました。
それでも、さすがバッハについては、平均律もイギリス組曲も、リズムやテンポについては基本的に均一を保っていて圧倒的な演奏になっていましたが、モーツァルトのソナタだけは、緩徐楽章以外の部分は、何とも活力不足感が否めないというか、ただたが極上の響きばかり宙に浮かんでいるような、そんな感覚でした。アンコールのショパンも、もはやマズルカの体を成していないというか、僕は心の中で「いやバッハか!」とか「マズルカのクセがすごい!」と叫んでしまいました。もっとも、ショパンのマズルカは解釈の幅が広いと思うので、別にこういうマズルカがあっても不思議ではないのですが。
だから僕の期待していたヤナーチェクは、そういうリスクは少ない作品ですのでどこまでものめり込めましたし、ヤナーチェクの独白への深い共感やスラヴ民謡の昇華を堪能することができました。非常に真摯な紳士(ダジャレになっちゃった)というか、真面目な求道者、修行僧のような趣きさえありますね。パッパラパーに明るい曲より、徹底的に核心に肉薄するような音楽が向いているんでしょう。アンデルジェフスキはインタビューで、バッハに傾倒して「平均律クラヴィーア曲集はすべての基本で、突き詰めていくと他の曲を演奏する意味はないのではないかと思うくらい」というような内容を語っていたので、さもありなんと納得。
そんなことを考えると、錦糸町のオールバッハプロも銀座のプロも平均律とイギリス組曲で、やっぱりそうなるよなあというところです。パルティータやゴルトベルク変奏曲だとしても、イタリア協奏曲やフランス組曲という方向ではないですよね。まだまだ深化していきそうですし、「アンデルジェフスキのバッハ」は要チェック項目だと、お勉強になりました。
Bach, J.S.: English Suites J.S. Bach Warner Classics |
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more