アーノルド・バックスとクリケット

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アーノルド・バックスとクリケットの話。個人的には面白いと思ってTwitterでつぶやいたのだが、思ったほど反応がなくてちょっぴり切ない。そもそもアーノルド・バックスという作曲家、僕は大好きだが、一般的な知名度は低いのだった。そしてクリケットというスポーツもまた、日本では全くポピュラーではないので、まあ反応は薄くて当然なのだ。ということで「そういう話はブログでやれ」の法則通り、書き切れなかった話も含めてブログに残そう。


今年1月にフィンジの記事を書いたときに調べていて知った、イギリスの作曲家アーノルド・バックス(1883-1953)はクリケットが大好きで、自分のチームも持っていたという話。僕はへーと思って、よーしこれはTwitterでつぶやくぞーと思っていたが、4月になるまですっかり忘れていた。イギリスの独立系レーベルhyperionがユニバーサルに買収されたというニュースを2月か3月に見て、よーし今年はhyperionを色々聴いてツイートするぞと意気込み、先日バックスの作品集を聴いたところで思い出した。話が逸れるが、hyperionだけは生き残るだろうと勝手に思っていて、サブスク配信には出ないだろうしこれは買うぞと気合い入れて買っていたので、ちょっとショックである。個人的には、レコ芸の休刊とは比べ物にならないくらい大きな事件なのだ、なにしろレコ芸とhyperionでは、僕の今までの購入金額に差がありすぎるので。ひー。サブスク配信されたら、せっかくたくさん集めたのにドヤ顔でマウントとれなくなっちゃうよー、というのも本心だが、まあ大勢の人がhypeironの素晴らしい録音に気軽にアクセスできるのは良いことだとも思う。それにしても、レコ芸の休刊も含め、クラシック音楽における一つの「音盤」の時代の終わりのような寂しさがある。

Bax: Nonet / Oboe Quintet / Elegiac Trio / Clarinet Sonata / Harp Quintet (1996-03-11)


このアーノルド・バックスの室内楽曲集は、ナッシュ・アンサンブルの1995年録音。九重奏曲、オーボエ五重奏曲、悲歌的三重奏曲、クラリネット・ソナタ、ハープ五重奏曲を収録。どれも本当に良い曲だ。バックスのルーツであるアイルランドの音楽もそこかしこに聴こえる。オーボエ五重奏曲、好きだなあ。この編成は当時それほど一般的なものではなかったらしい。九重奏曲の録音は貴重だ。ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート、オーボエ、クラリネット、ハープという編成。このhyperion盤以外には、ハルモニア・アンサンブルの1989年録音ARTS盤があり、サブスクでも聴けるはずです。リンクは↓

Constant Lambert: Concerto for Piano & 9 Instruments (1931) / Sir Arnold Bax: Nonet (1931) / Vittorio Rieti: Serenata for Violin & Small Orchestra (1931) – Harmonia Ensemble (1997-11-18)
Giuseppe Grazioli


さて、本題に移りましょう。といっても、もうタイトルが全てで、「バックスってクリケット好きだったんだよ」で終わりなんですけど……。上のhyperion盤にも収録されているクラリネット・ソナタ、これも非常に良い曲だが、実はこの曲はアマチュア奏者であるヒュー・プレウという人物に献呈されている。NAXOSの“The English Clarinet”というアルバムの解説で知った。そこには、プレウはバックスのクリケット・チーム“Old Broughtonians”の選手だと書いてある。え、バックスのクリケット・チーム?バックスってクリケットのチーム持ってたのか!なお、上のhyperion盤の解説にもちゃんと書いてありました。サブスクは解説が読めないのが良くないなんて偉そうに言う割に、読んでないのがバレてしまう。きちんと読めば面白いものは沢山あるね。

The English Clarinet
German, Edward (作曲), Bax, Arnold (作曲), Roxburgh, Edwin (作曲), & 6 その他


バックスは、弟で作家のクリフォード・バックス(1886-1962)と幼い頃から広い庭でクリケットをするのが楽しみだったそうだ。南ロンドンのストリータムにある裕福な家庭で生まれたバックスは、1896年にはハムステッドという場所に引っ越している。そのハムステッドの家が3.5エーカーの敷地を持つ豪邸で、バックスの父は当時1万ポンド以上で購入。その広い裏庭で兄弟はよく遊んだそうだ。バックスは1911年に結婚するまでその家に住んでおり、ちょうどその1911年に、弟クリフォードが少年時代の思い出を再びと思い立ち、自身の文学関連の友人を集め、バックス家のクリケット・チーム“Old Broughtonians”を結成したのだ。ウィルトシャーでのサマー・マッチのための結成したこのチームは、戦時中を除き1933年まで続けたそうだ。兄アーノルドは左腕ボウラー(投手)として活躍したとのこと。

右がクリフォード・バックス、左はM R K Burgeという人物。1924年。

このNAXOS盤で取り上げられているクリフォードの名言が良い。

「クリケットを悪く言う人は、その最大の美点、永遠の友情を築くことができるゲームだということを理解していない。常に走り回っていれば誰でも生涯の友ができるのだ」

だそうですので、各位参考になさってください。NAXOSのCDには英国のクラリネット作品がいくつも収録されており、解説にはそれぞれの曲の作曲年にあったクリケットの重要イベントが書かれている。正直、クリケットに詳しくないので何のことかさっぱり。こういう需要もあるのだろうか。日本以外では結構面白く読まれるのかもしれない。


バックス家のクリケット・チームは1933年で解散しているが、現代でもバックス家出身者が半数を占める新生“Old Broughtonians”があるようだ。その名も“New Bax Broughtonians”、良い名前だ。イギリスの小さな町フルームのクリケット・フェスティバルの記事がヒットした(リンクはこちら)。2017年のフェスティバルで、作家・詩人のエドワード・トマスを記念し、ブロートン・ギフォードのチームとバックス家のチームが対戦している。なおバックス家のチームの勝ちだったとのこと。エドワード・トマス(1878-1917)はイギリス田園詩で名高い、第一次大戦で戦死した詩人である。2017年は彼の没後100年に該当する。ブロートン・ギフォードというのは地名で、まさに“Old Broughtonians”が試合をしたウィルトシャー近くの村である。ちなみに、ブロートン・ギフォードのチームのキャプテン、トム・ゲリッシュの曽祖父チャールズは、1912年の試合でバックス家のチームと対戦しているらしい。歴史を感じるねえ。

フルームのクリケット・フェスティバルのページより。

エドワード・トマス・フェローシップのページに、彼とバックス家のチームに関する記述があったので紹介しよう。トマスは別段クリケットに興味があったわけではないが、クリフォード・バックスの文学サークルで児童文学作家のエリナー・ファージョン(1881-1965)がトマスを説得しチームに参加させた。1912年9月、トマスは次のように語っている。

「私はクリフォード・バックスのところに行き、一週間、10人の仲間とクリケットをするふりをしました。皆いい人たちで、適度なクリケット選手でした」
「バックスは地元の人気者であり、クリケット選手であり、神智学者であり、詩が大好きでよく知っているので愉快な話し手でした。彼はおそらく何も書かないでしょうね……弟のアーノルド・バックスはこの上なく優れたピアニスト、作曲家でした」

強引に誘われて「ふりをした」なんて言う割にはそこそこ打っているらしく、トマスは先程の試合では2ランを打ったらしい。もちろん、クリケットだけではなく、文学談義なども盛んに行ったそうで、まさに文武両道的な、楽しいクリケット・ツアーだったのだろう。もう少し調べていたら、フルームの地元紙の記事があった(リンクはこちら)。この2017年のフルームのクリケット・フェスティバルを主催しているのは、マーティン・バックスという、バックスの家系の人物。「私の家系はクリケットが盛んなんです」と語る。なるほど。マーティンの息子も参戦しているとのことで、脈々と受け継がれているようだ。この記事にも書かれているが、バックス家では常にクリケットとアートが重なり合ってきた。作曲家アーノルド、劇作家クリフォードだけでなく、二代目(多分甥っ子とか)に当たるマーティンも著名な小児科医でありながら、1959年にAmbitというロンドンの前衛芸術雑誌を創刊しており、長く編集者を務めていたそうだ。

エドワード・トマス(1878-1917) 掲載元:Wikipedia

音楽とクリケット、そこにアーノルド・バックスの場合は色恋沙汰も含まれるのだろう。作曲家の人生を知るのはやはり面白い。同じイギリスの作曲家ウィリアム・ウォルトンは、晩年のバックスについてこう語っている。

「ローズでの大事な試合があるときは、自分の作品が演奏されるのよりもずっと興奮してストーリントンのパブから街へと駆けつけていたものです」

ローズ・クリケット・グラウンド 掲載元:Wikipedia

ローズというのはローズ・クリケット・グラウンド、クリケットの聖地と呼ばれる場所だ。ウォルトンの発言は、英語だと結構色んなところで書かれているようだが、日本語だとほぼ見当たらない。やはりクリケットというのが、どうしても日本だと、ね。野球だったらもっと話題なっていたかな? いやあ、でもなあ、日本の音楽ファンの間でもジョン・ウィリアムズが野球ファンだということも話題になっていないからなあ。そういう僕も、別にスポーツ大好きなんてことはなくて、たまたま知っただけなんですが。意外と、音楽とスポーツと両方好きだという人は、僕のリアル知人でもネット上の知り合いでもそこそこ沢山いるけど、バックスとクリケットか……ああ、この記事もまたアクセス少なそうだなあ。でも、そういう話を書いてネット上に送り出すの、好きなんだよなあ(笑)


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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