Complete Violin Concertos 1

サン=ジョルジュ ヴァイオリン協奏曲 ハ長調 作品5-1


ほとんどの人は聞いたことがない名前だと思うが、サン=ジョルジュは1745年から1799年まで活躍したフランスの作曲家だ。ほとんどモーツァルトと同時代人である。僕は一度だけ演奏会でサン=ジョルジュの作品を聴いたことがあり、そのときに初めて知った作曲家だ。
彼のフルネームは、ジョゼフ・ブローニュ・シュヴァリエ・ド・サン=ジョルジュといい、貴族の出ではないが、父が勝手にド・サン=ジョルジュと付けて名乗っていたらしい。
カリブ海に位置する島、フランスの海外県であるグアドループ島で生まれた。父はメスの高等法院の評議員であり、母はグアドループ島生れの黒人奴隷である。
13歳からフェンシングを学び、1787年にはロンドンでフランスの兵士シュヴァリエ・デオンとフェンシングの試合をし、敗れはしたものの、その剣の腕前から、後にシュヴァリエの称号(いわゆるナイト)を得る。
彼の肖像画を見てもわかるが、その出自から「モーツァルト・ノワール」(黒いモーツァルト)と呼ばれ、まさしくモーツァルト風の音楽を数多く残した。
モーツァルト風と言ったが、当時サン=ジョルジュとモーツァルトは互いに影響し合っていたというのが正しいだろう。
特に、モーツァルトの協奏交響曲はパリ・マンハイムへの旅行が大いに影響しているということを、以前マンハイム楽派の話で語ったが、このサン=ジョルジュも協奏交響曲を書いており、モーツァルトへの影響は顕著なものである。
ルクレールからヴァイオリンを、ゴセックから作曲を学んだとされているが、詳しいことは明らかではない。
1769年に、ゴセックが率いるコンセール・デザマトゥールのヴァイオリニストになり、後にこのオーケストラをゴセックから引き継ぎ、フランス屈指のオケにまで高めたとのことだ。


1772年に「ヴァイオリン協奏曲 作品2」をコンセール・デザマトゥールと共に演奏し、ソロ・ヴァイオリニストとしてのデビューを飾ると、その後もヴァイオリニストとして、また作曲家として活躍した。
そこで今回は、弦楽四重奏曲や協奏交響曲も素晴らしいのだが、彼のヴァイオリン協奏曲を取り上げたい。取り上げた作品5-1はは数多くある協奏曲のうちのひとつあり、どの協奏曲も良い曲である。
3楽章構成で、20分ほどの長さ。曲を聴けば、サン=ジョルジュがいかに優れたヴァイオリン奏者だったかが容易に想像できる。特にカデンツァ部分の難易度は高い。
1楽章のアレグロ、聴いてすぐにモーツァルトと見まごうばかりのピュアな古典派音楽、木管から始まる第2主題も美しい。伸びやかなヴァイオリン・ソロからはソリストの独壇場。古典派の楽しみに身を埋めたい。
2楽章アンダンテ・モデラートは短調から始まる。ここでも感情豊かに歌われるヴァイオリン。
3楽章のロンド、第1主題の対旋律が心地よい。後にソロともかけ合うが、実に自然に聴衆を誘い込む音楽だ。
モーツァルト風だが、もしかするとモーツァルトより好みという人もいるかもしれない。モーツァルトよりも薄味に上品に(?)仕上がっており、モーツァルトが苦手な人も、このフランス古典派の香りはいくぶん体にやさしい気がする。
しかし、黒人が音楽の世界で活躍するようになるまでかなりの年月がかかったわけだけども、サン=ジョルジュはその点ではかなり早くから活躍した人物と言えるだろう。決してブラック・ミュージックではないのだが。
サン=ジョルジュは、フランス革命のとき、一千人もの黒人を率いて部隊を組み、革命に参加した。しかし結果投獄され、革命後にパリで無くなったそうだ。
ロックやジャズの歴史も黒人から始まる。「革命精神」とまでは言わなくとも、歴史の中の黒人の位置づけという意味では、サン=ジョルジュも他の名立たる黒人ミュージシャンたちと変わらない。
しかし、聴けばなんと心やすらぐ音楽だろう。“黒いモーツァルト”の音楽からは、それはまさに時代が作ったものであり、クラシック音楽の、他のジャンルにない魅力だと再認識させられるのだ。

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