Horowitz Plays Scriabin - Piano Sonata 5 / Preludes


スクリャービン ピアノ・ソナタ第3番 嬰ヘ短調 作品23


スクリャービンがピアニストのイサコヴィチと結婚したのが1897年、夫婦でパリへ向かい、そこでスクリャービンはピアノ・ソナタ第3番の作曲に取りかかる。1898年に完成し、出版。国際的な賞賛も得て、長女も生まれ、モスクワ音楽院の教授に就任する。スクリャービンの人生の中で、最も幸福な時間だったに違いない。この曲の構造美から、スクリャービン自身は古城を想像し「ゴシック」という名で呼んでいたという。
しかしこの後、スクリャービンは不倫が原因でロシアからヨーロッパへ移転することになる。第3番の次の第4番のソナタが作曲されたのが1903年、この年はヨーロッパへ移転する直前であり、翌年ロシアを脱出するとスイス、フランス、ベルギー、イタリア、そしてアメリカを経てモスクワへ戻る。彼の人生の大繁忙期である。この頃を境に、スクリャービンのニーチェ哲学への傾倒が始まっていく。第4番は2楽章構成、それ以降のソナタは全て単一楽章。神秘主義への傾倒も始まり、作風も現代的に変わっていく。
この第3番は、構造上は4楽章の古典的なソナタだ。スクリャービンにとって最後の正統派ソナタであり、またこの曲はロシア・ロマンティシズムの最後のピアノ・ソナタの一つとも言われている。だが興味深いのは、作曲当初「ゴチック」と呼んでいたこの曲に、後になって別の副題を付けているという点だ。後にスクリャービンが付けたタイトルは“État d’Âme”、これは「気分」や「精神の状態」という意味である。全く別のタイトルを付けるというのも珍しい話だ。
この後者の副題に関して、1906年にブリュッセルでスクリャービン自身がソナタ第3番を演奏する際に書かれた楽曲解説がウィキペディアにも載っているので引用しておこう。なお、この解説を書いたのはスクリャービン門下であり、また愛人(その後第二の妻となる)のタチアナという女性である。


第1楽章:気ままで荒々しい魂が、苦悶や闘争の渦中に投げ込まれるさまを表す。
第2楽章:あからさまに束の間の、思い違いの小休止。苦悩することに疲れた魂は、あらゆることと引き換えに、忘れること、歌うこと、そして飾り立てることを求める。リズムの軽やかさも和声のかぐわしさも、見てくれだけにすぎないのに、そこでは不安で遣る瀬無い魂がきらめいている。
第3楽章:甘美で物悲しい情感の海(に比せられうる)。すなわち、愛、悲しみ、ぼんやりした欲望、曰く言いがたい思い、ほのかな夢の幻影……。
第4楽章:存在の深みから創造的な人間の恐ろしげな声がして、その人間の凱歌が響き渡る。しかし、まだ人間は頂点に立つには弱すぎて、時に挫折を感じながら、非有の奈落に沈み込む。


愛人タチアナの兄は、ロシアの著名な音楽学者・音楽評論家のボリス・ド・シュレゼールであり、彼は第3ソナタが書かれた時期が、スクリャービンがニーチェを知り始めた時期と重なっていると指摘する。ニーチェが好きな方なら、何か共感できるところがあるかもしれない。シュレゼールの考察が上記のタチアナの解説文に影響しているのは間違いないだろう。
どうも初めは、この曲の良さは、ロマン主義とモダニズムの入り混じった面白さや、それでいて綿密に設計されている構造美だと感じていた。だがそれ以上に僕が惹かれるのは、スクリャービン自身の生活の変化や、思想の変化、感情の変化などが、こうも如実に音楽に現れるものかと、少々舌を巻くほどに発露してしまっているという点だ。
おそらく作曲当時は、この焼け付くように情熱的な音楽に、作曲者自身も満足していただろうし、その幸福な瞬間を思って聴けば、我々にも、スクリャービンの人生の充実と、溢れるような創造力を感じることができるだろう。
だが、スクリャービン自身が、愛人との交際を通して、ゴシック建築の古城からいかにもロマン派らしい精神の音楽へと捉え直すことが可能だったように、我々にもいかようにも解釈し、聴いて楽しむことができる、その深さこそこのソナタの魅力だろう。僕は最近、古典派音楽の宇宙への広がりと、ロマン派音楽の精神への深みというものに対し、ますます興味が湧いてきている。このソナタは、音楽的にも人生的にも、曖昧さを持ち、過渡的でありながら、その無限の深さへと落ちていくことを推奨しているかのように思われる。
1901年に、この曲に対する匿名の批評があり、そこではこの曲は「バイロンからニーチェまでの精神状態の歴史」と評されていたようだ。またロシアのピアニストマリヤ・ユーディナは「自然への讃歌」と捉えている。スクリャービン自身が第3楽章を演奏した際、「ここで星たちが歌う!」と叫んだと伝えられているが、ユーディナの解釈も正しいのかもしれない。
「解釈は様々」と一言で片付けてしまえば、まあその通りなのだが、シュレゼールは「このソナタは、全てのソナタの、心理的・精神的な構造を我々に明らかにする。それは基本的に、ドラマであり、アクションであり、自由意志の肯定における様々などんでん返しの後にくる絶頂である」と述べる。まるで世界中のソナタを代表しているかのような褒めっぷりだが、もしかすると本当に、全てのソナタを代表して、我々に真実を訴えているのかもしれない。


【参考】
Downes, S., Music and Decadence in European Modernism: The Case of Central and Eastern Europe, Cambridge University Press, 2010.

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A. Scriabin

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