ベートーヴェン チェロ・ソナタ第3番:傑作の森の可憐な花2

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ベートーヴェン:チェロ・ソナタ 第3番~第5番


ベートーヴェン チェロ・ソナタ第3番 イ長調 作品69


ベートーヴェン研究の権威バリー・クーパー曰わく、このチェロ・ソナタ第3番は、「間違いなく、グライヒェンシュタイン男爵がベートーヴェンに今まで与えてきた全ての実質的援助に対する、感謝の意を込めた」作品だという。この作品が「感謝の調べ」であるという確たる証拠はないのだが、クーパーも言及しているように、少なからずそういう性質を帯びている楽曲であることは相違ないはずだ。
ベートーヴェンのチェロ・ソナタは、モーツァルトがチェロ・ソナタを書かなかったということもあり、バッハの無伴奏チェロ組曲をチェロ曲の「旧約聖書」とすれば、ベートーヴェンのソナタは「新約聖書」と言われる。
第3番作品69が作曲されたのは1808年、この頃はナポレオン戦争の影響で、ベートーヴェンも金銭面に悩みを抱えていた(まあ生涯悩まされていたのも事実だが……)。そんな折、ウィーンにいたベートーヴェンに、ドイツのカッセルの宮廷楽長をやらないかとお声がかかる。ウィーンの貴族たちは、ベートーヴェンにウィーンを去られては勿体ないと考え、彼の金銭問題を解決するように働きかけたのだが、そのときに尽力したのがエルデーディ伯爵夫人とグライヒェンシュタイン男爵の2人だ。この2人のおかげで年金問題は一旦無事解決し、ベートーヴェンはウィーンに残ることとなった。
ベートーヴェンの友人でもあるグライヒェンシュタイン男爵は、自身でもチェロを演奏する愛好家であった。この作品はグライヒェンシュタイン男爵に献呈されており、もしかすると彼の委嘱だったのではないかという説もある。
また、同時期の2つのピアノ三重奏曲作品70が、エルデーディ伯爵夫人に献呈されている。その記事についてはこちら
この件について、アメリカの音楽学者・ピアニストであるウィリアム・キンダーマンは「ベートーヴェンの主要な室内楽作品のうち3つが、ベートーヴェンの年金に関するいざこざの交渉をしてくれた人物に捧げられている」と述べている。今回取り上げるチェロ・ソナタ第3番は、そんな室内楽作品のうちの一つ。多くのパトロンがベートーヴェンを助けていた訳だが、金銭問題という、ひときわ厄介で、生活に直接関わる事柄の援助をしていた人物には、また一段と大きな思いがあったことだろう。
いわゆる「傑作の森」の時期の作品であり、交響曲第5番、第6番やピアノ協奏曲第5番「皇帝」が作曲されている中で、オーケストラ作品などのスケールの大きな作品を、ベートーヴェン自身の芸術的追求の成果としての音楽であると考えれば、室内楽作品は、あくまで僕の個人的な見解だが、親しい人間に感謝や友情・親愛の気持ちをよりいっそう表現できる音楽なのではないだろうか。


5曲あるチェロ・ソナタのうち、最も有名なのが第3番だと思われる。1,2番が初期の作風、3番が中期、4,5番が後期というように、チェロ・ソナタ5曲だけでベートーヴェンの生涯の作風を俯瞰することができるのだ。これをピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲でやろうとすると大変だが(当然意義深いことではある)、チェロ・ソナタは5曲しかないので、ベートーヴェンの作風の変化をざっと理解したいと思っている人にはオススメである。
第3番の1楽章Allegro ma non tanto、オープニングはチェロが無伴奏の旋律を奏でる。この旋律が耳に残る、大変美しいものなのだ。僕がベートーヴェンのチェロ・ソナタに興味を抱いたのは、この旋律に惹かれたからである。ドルチェで、レガートで、チェロという楽器の持つ音が最高に活かされている。このモチーフは1楽章の全体によく浸透しており、旋律の魅力は楽章の始めから終わりまで絶えることがない。
この主題がピアノも含めて聞こえた後は、イ長調からイ短調へと、突如ドラマティックに曲想が変化する。ここがまた良い。リリカルで静的なオープニングからの雰囲気と、リズミカルで活き活きとした少々騒がしい雰囲気のコントラスト。
2楽章はScherzo.Allegro molto、ここではシンコペーションを多用した強いリズムを持つ旋律が、チェロとピアノで交換しながら展開されていく。第1番、第2番のソナタと比較すると、チェロとピアノの有機的な繋がりが感じられるのではないだろうか。
独立した緩徐楽章はないが、3楽章Adagio cantabile – Allegro vivaceでは、まず表情豊かなホ長調のアダージョ・カンタービレの序奏があり、ここで第1番、第2番のソナタのような形式、チェロの最もチェロらしい優美で息の長い旋律の美しさがしっかりと取り入れられている。この主題の材料もまた、楽章を通じて一貫して終楽章と綿密に結びついている。アレグロ・ヴィヴァーチェに入っても、至るところで先のアダージョの旋律の美をしっかりと引き継いでいるのだ。


以前「幽霊トリオ」の記事を書いたときに、それは傑作の森の中で咲く可憐な花だと書いたが、これもまたその一つだ。親愛の情を込めた、小さな感謝の調べだろう。

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