J.S.バッハ:イタリア協奏曲&フランス組曲 ほか


バッハ イタリア協奏曲 BWV971


バッハのクラヴィーア練習曲集第2巻に収録されているこの曲は、「ゴルトベルク変奏曲」と並んで、おそらく最も人気の高いバッハのクラヴィーア作品(またはピアノ作品)に違いない。協奏曲と名が付いているが鍵盤楽器ソロの曲だ。少し楽曲について解説したら、僕はなぜこの曲がこんなに人気になったかについて語りたいと思う。
ちなみに「フランス風序曲」と併せて、「イタリア風&フランス風」といった対比も楽しめるような形で1735年に出版されているが、圧倒的に「イタリア協奏曲」の方が知名度が高いし人気もある。譜面だけで言えば難易度としてはそれほど超絶技巧が必要なものではなく、バッハをある程度弾けるようになれば誰でもさらうことができるというのも程よくていいところ。
正式な曲名は“Concerto nach Italienischem Gusto”(イタリア趣味による協奏曲)といい、バッハが、というか当時のドイツ音楽家たち皆が憧れていた音楽先進国イタリアの音楽スタイルを導入したものだ。
バッハは1708年にザクセン=ヴァイマル公国の宮廷オルガニストとなるが、そこで留学から帰ってきたヨハン・エルンスト公子により、ヴィヴァルディやコレッリ、マルチェロ、トレッリなどのイタリアの作曲家の協奏曲の楽譜を渡され、鍵盤用に編曲して欲しいと頼まれる。実際にバッハはそれに応じて多くのイタリアの協奏曲を鍵盤用に編曲した。
この「イタリア協奏曲」は、そうした過去のアレンジの経験を活かし、今度はバッハのオリジナルの主題で、独奏部と合奏部による掛け合いを鍵盤が2段あるチェンバロを使って表現する「ひとりコンチェルト」を実現させたものだ。
独奏部には「フォルテ」、合奏部には「ピアノ」と強弱記号を付けて表現している。今では別に強弱記号など普通のことだが、この頃の作曲家は後の作曲家ほどしっかりと強弱記号を書き込むことなどなかったので珍しいことなのだ。


ではなぜこの曲はこんなに人気なのか。まず1つは、この曲の持つ「それほど色濃くないイタリア風」という要素を挙げることができるだろう。
もちろん協奏曲というスタイル自体がイタリア風なのはそうだし、第1楽章が急、第2楽章が緩、第3楽章が急という急緩急の3楽章構成という伝統的な協奏曲の様式は採用されているのだが、曲調そのものはというと、それこそヴィヴァルディでも誰でも良いのだが、あの陽気なイタリアンミュージックと比較すると、やはり相当真面目である。よくバッハは固いと言われるが、その固さを少し和らげるようなイタリア風の曲調という絶妙なブレンド感が、バッハらしい格調高さプラス歌うような旋律の混在という形で現れている。もっとイタリア寄りでも、もっとバッハ寄りでも、こうはならなかったのではないか。
そして何より、この曲の人気を支えるのは、「ピアノという楽器の魅力を最大限に引き出すことができる」という事実だろう。
当然、バッハが作曲した頃はチェンバロで弾くことを想定しているので、チェンバロで弾くのがスタンダードだと言って良いのだが、僕はこんなにも「ピアノがピアノを超える」ことを理解させてくれる曲もそうそうないんじゃないかと思ってしまう。
ピアニストのアルフレッド・ブレンデルは著書“A bis Z eines Pianisten: Ein Lesebuch fuer Klavierliebende”の中で以下のように語っている(かなり意訳)。


チェンバロで弾くか、ハンマークラヴィーアで弾くか、1840年製プレイエルで弾くかというのは喫緊の課題ではなく、その曲が潜在的に持っている響きを明らかにすることがよりいっそう重要なのだ。ダイナミクスも色彩も拡張しているモダンピアノはそういうことができる。だからピアニストはオーケストラや声楽や室内楽にもっと精通しなければならない。そういう修行を積めば、イタリア協奏曲の1楽章でソロとトゥッティのあるオーケストラ音楽として弾くこともできるし、2楽章をオーボエと通奏低音のアリアとして弾けるし、3楽章は今回はチェンバロとして弾くぞ、ということもできるのだ。


全くもっておっしゃる通りであり、そういうことが可能なのがモダンピアノという楽器であることを多くの人に信じていただきたい。
古楽的に、歴史と事実をもとにこの曲を紐解いていけば、チェンバロでひとりコンチェルトができて面白いねというところ止まりだと思う。それはそれで面白い(興味深いと言い直しましょうか)し、チェンバロの名演もたくさんあるので否定するつもりはまったくない。僕も結構聴く。
ただ、バッハの時代には存在していなかったモダンピアノの無限の可能性と、この曲の持つ潜在的な響きの豊富さがまさに共鳴しあったからこそ、名曲として歴史に名を残すことになったのだと声を大にして言いたい。
もひとつおまけに、だからこそグールドのあの名演も生まれることができたのだ、と。

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