ベートーヴェン:弦楽四重奏曲「ラズモフスキー 第1番」「ラズモフスキー 第3番」


ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第7番 ヘ長調 作品59-1「ラズモフスキー第1番」


古典派カルテットのすべてが詰まっているとも言える、ベートーヴェンの「ラズモフスキー・セット」の3曲の内、まず第1番を取り上げよう。
副題の通り、作品59-1から59-3までの3曲はベートーヴェンのパトロンで、また自身も音楽家であるウィーン駐在ロシア外交官、ラズモフスキー伯爵に献呈されたものだ。
この「献呈」とはどういうシステムか、少し解説しておこう。ベートーヴェンの時代の作曲家は、もちろん出版譜が売れることによる収入もあるが、パトロンの貴族からの年金も生活の安定にとって大事な収入であり、支援してくれる貴族に作品を贈り楽譜に名を載せ、その謝礼金を受け取るというのが「献呈」である。
例えば「運命」や「田園」の楽譜にはラズモフスキー伯爵とロプコヴィッツ伯爵の名があり、2人からお金が貰えたちゃっかり作品である。貴族の方も、当代きっての有作曲家ベートーヴェンの楽譜に自分の名前が載るというのは名誉であり、お金を下賜するのもノブレス・オブリージュ。
普通は曲名の部分に献呈される人の名前が併記されているが、この曲では伯爵の名前がわざわざ献呈用ページに書かれている。それだけに、こうして後世に副題として「ラズモフスキー第何番」と残っていることは、きっと伯爵にとってもラッキーなことだろう。


ラッキーというのもおかしいかな、名前が残るのは必然だったかもしれない。というのは、この曲はベートーヴェンの作品史上でも、また弦楽四重奏曲の歴史上でも、非常に重要でセンセーショナルな作品だったからだ。
ちょっと乱暴な言い方をすれば、第1番から第6番まではハイドン・モーツァルト的な音楽であり、この第7番からベートーヴェン的な音楽が始まるといったところか。交響曲でも数々の革新を起こしてきたベートーヴェンが、弦楽四重奏の分野で起こした革命がラズモフスキーの3曲である。
では、具体的に何が革命的なのか。それは正直なところ、こうやって文章で書くよりも、ハイドンやモーツァルトのカルテットを聴いた後にこの曲を聴いてもらう方がずっと解り易い。逆に言えば比較の中でしか語りようがないのだ。無理に言葉にするなら、より長く、より大きく、より豊富で、より多彩で、より深い音楽……1806年にベートーヴェンが作曲してから200年も経てば、これ以上の革新的な音楽はいくらでも出てきて、それらに触れてしまった我々現代人がベートーヴェンの革新性を聴き取ろうとするには、一旦19世紀人になりきらないといけない。


だから、この曲が当時は革新的な内容で、演奏者からも聴衆からもちょっと受け入れ難かった、ということだけ知っていただけたら、あとは現代人らしく好きなものを好きなように聴くのが良いんだろうなあと思う。
僕はこの曲がとても好きなので、さんざんCDの解説などで文章が書かれているにもかかわらず、何か書こうと決心したのだが、この曲は僕にとって「色んな違った弦楽四重奏団を聴いてみたい」と思わせてくれたきっかけのような曲の一つであり、また実際にそれを実現できた曲である。
さんざん書かれていると言ったが、つまり流通量が多いので、たくさんの異なる演奏があるのだ。さすがはベートーヴェン、作曲界のエースである。しかも彼のカルテットの4番打者のようなこの第7番(紛らわしいね)、エースで4番であるこの曲は、たくさんの演奏に触れることができる。
ベートーヴェンがどんな演奏を望んだかは知らないが、古典派音楽には色々と制約が多いにもかかわらず、本当に色々なアプローチの仕方があるんだなあと、そしてそのどれもに面白さがあり、聴いてはその違いを楽しむということが可能なんだなあと、若かりし頃の僕は思ったのである。
僕はどちらかと言うと同曲の異なる演奏を数多く追い求めるよりは、多くの異なる作品の魅力の方にとらわれるのだが、楽しみ方は本当に千差万別、無限大だなあと思う。


1楽章冒頭の刻みの伴奏でさえ、違いが現れて面白い。もちろん特筆すべきはこの異例の開始、チェロの息の長い旋律であり、チェロから始まるメロディにも当時の人々は驚いたことだろう。長い主題を用いた、大きなソナタ形式。微妙なアクセントや響きの長短、音の強弱や高低の入れ替わり、その組み合わせの激しさ、多彩さからは、ベートーヴェンの創意工夫と作曲への意気込みが伝わる。細分化されたテーマの要素が、程よいところでササッと入れ替わるのが気持ちいい。それでいて、全体の流れも途切れないのである。
2楽章はスケルツォ楽章、ある楽器がリズムを連続していると別の楽器が忙しなく動いていたり、そういうとこを追っているだけでも飽きない。音をたっぷり伸ばして柔和で美しい部分もあれば、力強くリズミカルに動くところもあり。アイディアの豊富な進行、バランスの良さ、これらはベートーヴェンの作曲技法が初期からずっと進化したことを示している。
3楽章アダージョは、美しいメロディに身体を委ねよう。第1ヴァイオリンの美しいメロディはチェロに受け渡され、その裏で奏でるヴァイオリンのオブリガードも良い。どう歌うか、聴かせどころ聴きどころだ。身を委ねると言った直後に細かい話をして恐縮だが、個人的には31,32小節目のチェロの最後から2番めの音で急に倍の長さの半音が挟まりオクターブで終わる(聞けばわかります)のが愛おしくてしかたない。またラソ、ファミ、レドと下降するそのリズムも素敵だ。ピチカートの伴奏も登場するし、注目ポイント目白押し。
3楽章から4楽章への入り方も、いかにもベートーヴェンらしい。短調から長調へ。活き活きとした4楽章。タンンタタンンタというサンバキックのような特徴的なこのリズムをどう活かすかもひとつの決め手になる。機械のごとく正確に厳しくやるか、フレーズで捉えてグルーヴを活かすか。これも色々な演奏を聴くのが楽しい。
ベートーヴェンが「もっと大きく」「もっと深く」音楽を構築していったように、「モアアンドモア」の精神で、どんどん欲張っては、もっともっと聴いて聴いて聴きまくって、音楽を楽しもうじゃないか。

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