シベリウス 樹の組曲:樹が語りかけます

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渡邉規久雄 シベリウス Vol. 4


シベリウス 樹の組曲(5つの小品 作品75)


かつてこの曲の録音を含む音盤の解説にはよく常套句のように「シベリウスの音楽を議論する際、ピアノ作品は重要視されてこなかった」とか「シベリウスは自身がヴァイオリニストでありピアノ作品の評価は作曲家自身でも誇れるものではなかった」という文言が使われていた。そういう事実は事実として、今はどうか。正直、今回取り上げる「樹の組曲」だけでも、全部追うのも大変なくらいの数の録音が出回り、プロアマ問わず日本人ピアニストも多く取り上げるようになった。喜ばしいことだ。
シベリウスのピアノ作品の中で最も有名なものと言えるこの「樹の組曲」は、その名の通り、それぞれ違った樹からインスピレーションを得て5つの小品にしたもので、特に第5曲「樅の木」はアンコールピースとしても愛奏されている。あの牛田智大2ndアルバムにも入っているくらいだ。
舘野泉氏が「樹の組曲」と名付けたとよく書かれているが、もともと海外でそれに近い名前で呼ばれていたものを、舘野氏がそう翻訳して紹介したものと思われる。
1914年に作曲。第一次世界大戦開戦直後の重苦しい時代において、すぐに現金収入になる器楽の小品の作曲の必要があったという事情もあるが、ピアノ作品はシベリウスにとってライフワークのようなものでもあった。また、自然という主題もシベリウスにとって重要なのは言うまでもないし、散歩が好きなシベリウスは、樹が自分に語りかけていると感じることもあったとか。まあよく知らんけど(笑)
まったくのジャンル違いだが、新井喜美夫という人物が「シベリウスが求めてやまなかったものは、フィンランドの美しい自然と誇り高き民族のもつ自由な価値の存在ではあっても、その拡大や他国への支配ではなかった」と語っている文を紹介したい。シベリウスの自然への親愛は、交響曲はもちろんのこと、より小さな編成、形式でも顕著であることは指摘しておきたい。


初めの3曲は1914年9月14日に作曲された。第1曲「ピヒラヤの花咲くころ」(När rönnen blommar)、ピヒラヤはナナカマドの一種だそうだ。繊細で、幾分即興的に始まる。メロディの一部は後年(1918年1月)の歌曲である「彼女の便り」(Op.90-2)に転用されている。
第2曲「孤独な松の木」(Den ensamma furan)は対照的に、堂々とした和音から始まる。「ペレアスとメリザンド」の「城門にて」に比肩する、高貴な雰囲気を持つ。
第3曲「ポプラ」(Aspen)は組曲の中でも旋律の美しさが際立つ。終盤の左手による半音階は、クラシックファンであればこの曲を知らずとも、後に書かれる傑作「交響曲第5番」第1楽章のファゴット・ソロを思い起こす人も多いことだろう。
残り2曲はその数週間後に書かれた。第4曲「白樺」(Björken)は1914年10月頭くらいに完成。この曲のメインテーマは交響詩「大洋の女神」のイェール版と呼ばれるもの(現在よく聴かれる最終版とは違うものらしい)から取られたそうだ。ということで、タイトルは白樺だが、「樹」よりも「水」がインスピレーションとなっているという説に、僕も賛成だ。Misteriosoで表されるのは湖面に映る白樺が揺れている様子だろうか。そんな情景を思い浮かべる。
最も有名な第5曲「樅の木」(Granen)は9月23日に完成。同じくピアノ曲のロマンス(10の小品Op.24-9)の旋律と関わりを持つ。落ち着いていながら朗々と響き渡る音。まるでジャズの名曲「枯葉」かと思うほどのメランコリー、どっぷりと浸って歌うもよし、寒々しい空気を演出するドライな演奏もよし、これは珠玉の名曲と呼ぶにふさわしい。
この5曲に加え、Op.75-6として6曲「ライラック」も存在していた。この曲と第5曲「樅の木」の素材を元に抒情的ワルツOp.96を作曲し、その後樅の木を改訂し、ライラックを除外することとなった。
今ではあまり録音されないが、ライラックを含めて録音しているものもあるので、興味のある方はそちらもぜひ。一応、すべてフリー素材で、それぞれの樹の画像も置いておくのでご参考に。


ときに、この有名な「樹の組曲」や、これまた有名な「花の組曲」(Op.85)を編曲してバレエ音楽にしたものがあるという。編曲大好きな作曲家ゴードン・ジェイコブによる“The Lady of Shalott”(1931年)というバレエだ。ぜひ聴いてみたいのだが、復刻されないものか。


【参考】
Barnett, A., Sibelius, Yale University Press, 2007.
Simpson, R., Radio Camelot: Arthurian Legends on the BBC, 1922-2005, DS Brewer, 2008

ピヒラヤ
松の木
ポプラ
白樺
樅の木
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