ヤナーチェク 弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」:描写の妙と抒情性

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ヤナーチェク 弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」


チェコの作曲家レオシュ・ヤナーチェクは、2010年のクラシック音楽界における出世頭と言っても良いだろう。
村上春樹の小説『1Q84』で、セル/クリーヴランド管の「シンフォニエッタ」が出てきたということでにわかに注目を浴びたヤナーチェクは、今年最も話題になった作曲家だ。
小説の人気にあずかり同盤は売れに売れたとのこと。
村上春樹はひとまず置いておくとして、多くの人は「シンフォニエッタ」からヤナーチェクに入ると思うが、僕もご多分にもれずそのひとりだ。
2つの弦楽四重奏曲も、「シンフォニエッタ」に並び、ヤナーチェクの晩年の傑作である。
第1番は1923年に作曲された。副題はトルストイの小説「クロイツェル・ソナタ」から取ったものであり、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル・ソナタ」とは直接関係はない。
とはいえ、トルストイの小説もベートーヴェンの作品から題をとったのだから、全く無関係ではないのだが。
この小説は、主人公の男が、妻の浮気を知って苦悩し、最終的に妻を殺してしまう話である。主人公が列車で同席した男に、その自分の過去を振り返って語る形式になっている。
トルストイはこの小説で、ベートーヴェンのクロイツェル・ソナタは愛や憎しみを増幅させるとか、道徳がどうのこうのと語っており、それはトルストイのベートーヴェン批判であるとかいう話もある。
そういう難しい話は今回は無しにしよう(もし気になる方はトルストイの『芸術とは何か』を読んで頂きたい)。
ヤナーチェクは、この小説に印象を受け、その筋書きに沿って音楽を展開する。


全楽章において、ヤナーチェクの描写の巧みさと、たっぷりの抒情感、そして構成の巧みさに嘆息する。
1楽章で提示されるテーマは、おそらく「愛」が、それも醜さに偏ったような「愛」を表しているようだ。
以降の楽章で用いられるスル・ポンティチェロという特殊奏法は聴きどころだ。このガラスを引っ掻いたような音で掻き鳴らされるのは、主人公の男の動揺や不安感である。
妻と、その浮気相手であるヴァイオリン弾きの伊達男が愛のテーマを奏で、夫である主人公の心が乱される様子は、尋常でない緊張感がある。
3楽章ではベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」の引用も見られる。妻と伊達男が演奏するクロイツェル・ソナタだ。
クライマックスは4楽章、動揺と高揚感は勢いを増して高まり、妻は心臓を刺される。
妻をあやめた直後の白々しいような落ち着きと、最後に空しく響く醜い愛のテーマ。
ヤナーチェクの卓越した描写力と構成の上手さが光り、そして人間味に溢れている、まさに迫真の音楽。
醜い愛を描いた、美しい音楽だ。

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パノハ四重奏団,Leos Janacek

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