ブルックナー ミサ曲 ヘ短調 WAB.28
ブルックナーの音楽の魅力である「どこまでも息の長いフレーズ」を味わうには、交響曲の緩徐楽章はもちろんだが、ミサ曲が最も適している。
正直な話、ブルックナーの最大の魅力は交響曲のアダージョだと言いきっても良いのだが、もしかしたら僕の考えが変わるかもしれないし、無駄な論争を生みたくないので、この辺はぼやかしておこう。その人にとって素晴らしい音楽は誰がなんと言おうと素晴らしいものなのだから。
ブルックナーは生涯に6つのミサ曲を作り、その中でも最高峰とされるヘ短調は、ブルックナーがリンツからウィーンへ移住する年に完成したもので、リンツ時代に書かれた最後の曲である。初演はウィーンで行われた。
初演のステージ練習をしたヨハン・ヘルベックという人物は「この曲に比肩し得るのはベートーヴェンの荘厳ミサ曲だけだ」と絶賛した(と宇野功芳が言っている)のだが、僕としてはブラームスのドイツ・レクイエムも荘厳ミサと比肩しうると思うのだがいかがなものか。
アンチ・ワグネリアンで名高いハンスクリックも、この曲は高評価したということだが、交響曲第1番が完成したばかりのころで、まだハンスクリックがワーグナー派のブルックナーをそれほど批判対象として認識していなかったのではないかと思われる(あくまで私見)。つまり、このミサ曲がブルックナーらしくないかというと、そうではないとういうことだ。
ウィーン宮廷礼拝堂からの依頼で作曲されたこの曲は、ブルックナーの「神が見える」交響曲への助走となったと言える。
ヴェルディのレクイエムを意識した「キリエ」で、まずその息の長い旋律を実感できる。
「グローリア」と「クレド」の力強さにも、旋律が途切れずに紡がれるそのあり様が、場面の展開と全体の調和を保っているのだ。特に受胎告知を歌うテノールとその裏で延々と旋律を奏でるヴァイオリンの絡み合いは、言葉にならない素晴らしさだ。
「サンクトゥス」と「ベネディクトゥス」はその純粋な美しさが堪らない。前者の金管の響き、後者の変イ長調の息の長い美しい旋律に酔い、最後はテンポが上がり「Osanna in excelsis」と歓呼の叫び。その効果が、「アニュス・デイ」のアンダンテをより活かしている。
キリエ・グローリア・クレドの主題を織り込んだ「アニュス・デイ」は圧巻である。
旋律が天に昇るような音楽は多々あるし、特にブルックナーは交響曲において顕著だが、それはこのミサ曲に見られる「祈り」から発展したものだ。
それはブルックナー自身の厚い信仰心あってこそだし、音楽でそれを表現するしっかりとした技法を確立させたもの、それがこのミサ曲ヘ短調ではないか。
ブルックナーの途切れずに天に向かう旋律は、この祈りの音楽ですでに現れていた。それが、彼の芸術の最高潮である「交響曲」を最高潮たらしめるものであることは言うまでも無い。
ブルックナー:ミサ曲へ短調WAB.28【原典版】 朝比奈隆,中沢桂,林誠,井原直子,勝部太,T.C.F.合唱団,ブルックナー,大阪フィルハーモニー交響楽団 ビクターエンタテインメント |
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more