伊福部昭 交響頌偈「釈迦」:西洋音楽と仏教

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伊福部昭 交響頌偈「釈迦」


かつて取り上げた伊福部昭の作品は、日本人の心に根付く祭の精神を表した「日本狂詩曲」と、特撮映画音楽を多く手がてた伊福部の映画音楽総集編とも言える「SF交響ファンタジー第1番」である。
「日本人の精神性」と「映画音楽」というのは、伊福部音楽のキーワードだと思うのだが、今回紹介するのは、仏教をテーマにした作品。
どちらかと言うと前者のキーワードに関連が深い作品ではあるが、この交響頌偈「釈迦」(こうきょうじゅげ「しゃか」と読む)は、もともと石井漠振付の舞踏作品「人間釈迦」の音楽として1953年に作られたもの。全三幕の舞踏作品であり、標題音楽の趣きもある。
世の中に「釈迦」を題材にした音楽がどれくらいあるのか僕は知らないが、少なくともクラシック音楽ではそうポピュラーなものではない。いわゆるミサ曲やレクイエムといった宗教曲はキリスト教のものだし、西洋音楽である以上、キリスト教とは切っても切れない関係にあるのが常である。
しかし、そこは日本人。キリスト教以上に多くの日本人にとって馴染みのある仏教を、音楽を通して表現しようというのは、伊福部にとってごく自然なことだったに違いない。
舞踏作品から音楽を抜き出し、オーケストラと混声四部合唱のための作品として完成させたのが、1989年。
3楽章構成で、1楽章「カピラバスツの悉達多」、2楽章「ブダガヤの降魔」、3楽章「頌偈」。頌偈とは、「佛の徳を讃える歌」ということだそうだ。
難しい言葉が並んでいるのだが、僕も別に仏教について精通している訳ではないので、まあ知識よりは気持ちの問題だということでごまかさせてもらいたい。


先日、すみだ区民音楽祭2012で、この曲が演奏された。編成も大きいので、そうそう実演に巡り合えるものではない(がもちろん、海外よりは日本にいれば聴く機会はある)。そしてその演奏がまた、入念にリハーサルを重ねた、本当に心打つ名演だと感じたから、今回この曲をブログで取り上げようとも思ったのだ。
僕は伊福部音楽を知り始めた頃から、この曲は知っていて、たまに聴いていたのだが、やはり実演を聴くとその曲への思いも強くなる。
テーマは重いが、釈迦の四苦の目覚めから悟りを開くまでという、案外シンプルでわかりやすく筋をなぞる音楽。1楽章では、王子として貧しさも飢えも苦しみも知らない暮らしをしていた釈迦が出家するまで、2楽章では、釈迦がブダガヤで悟りを得るために苦行する様子、3楽章は、悟りを開いた釈迦を讃える音楽。
2楽章から合唱が登場し、仏教の古典語「パーリ語」で、数多くの煩悩が歌われる。そんな煩悩の悪魔と戦う修行の様子は、この曲の見所のひとつだ。伊福部音楽らしい強いリズム、オスティナートで、襲い来る煩悩が表現される。
また、1楽章と3楽章で印象的なのは鐘の音。これは、キリスト教の教会の鐘の音とは決定的に違うものだ。楽器は西洋楽器であっても、この鐘は東洋の鐘である。
もし、この曲を聴いた人が仏教の造詣がある人ならば、きっと何かしら深遠なところへと魂なり思考なりを運ぶことができると思う。残念ながら僕はそうではないので、そういう話はできない。
しかし僕の思うに、こうした東洋の思想そのもの(決してこれは西欧のクラシック音楽でよく見られる東洋からの“影響”ではない)を、西洋楽器で表現しようとしたことについて見てみると、『クラシック音楽の普遍性』を非常に強く感じる。
「東洋の思想ならば東洋の楽器、東洋の音楽で表現するのが最高」という考えは野暮なのではないかと、そう思わせてくれる。方法論は異なるが、黛敏郎の「涅槃交響曲」だってそうだろう。
もっともこういったことは、仏教の懐が深いのと、西洋音楽の懐の深いのと、両方なのかもしれない。しかし、音楽や宗教の真理とはそういうものなのではないか。クライマックスの合唱と管弦楽の音の洪水には、心が震えること間違いない。

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