ベリオ オーパス・ナンバー・ズー(作品番号獣番)
子ども向けの曲を取り上げるのも、僕も人の親になったということで、まあいささか気恥ずかしさもあるが、あとはブログの右側に並ぶ作曲家のカテゴリに新しく1人加えたかったからというのもある。
ルチアーノ・ベリオはイタリアの作曲家で、多作家として知られるが、特にそのキャリアの初期では声楽や管楽を巧みに扱う作風で、特に管楽器奏者たちには貴重なレパートリーになっている。
今日取り上げる「オーパス・ナンバー・ズー」、邦訳「作品番号獣番」は、木管五重奏のための作品で、奏者たちは自分が吹いていない場面でナレーションを行うという、音楽つき朗読劇のような作品だ。ストラヴィンスキーの「兵士の物語」やプーランクの「ぞうのババール」のような曲。
ズーとか獣番とか言うだけあって、動物たちが登場する寓話がモチーフになっており、副題に「児童劇」と付いている。児童向けではあるが、風刺の内容は大人がターゲットのように思う。
まあ、はっきり言っておこう、この曲は邦訳のセンスの良さが全てである。つまり、出オチであると!
何を隠そうこの傑作邦訳は谷川俊太郎氏によるもので、さすがとしか言いようがない。うまいなあ、やっぱり才能ある人は違うなあ。
冗談はさておき、音楽ももちろん素晴らしい。1951年に木管五重奏のための作曲され、寓話の語り付きのものが1970年に改訂版として出される。これはアーロン・コープランドの70歳の誕生日を祝い彼に献呈された。
ベリオはミラノで音楽を学んだ後タングルウッドへ渡米し、そこでダッラピッコラから学んだのだが、そのときにニューヨーク生まれの演出家であり児童作家でもあるローダ・レヴァインに出会う(ウルマンの歌劇「アトランティスの皇帝」の世界初演で演出を務めた人物だ)。
彼女はベリオのためにこの「オーパス・ナンバー・ズー」という寓話を書いた。現在一般的に演奏されている改訂版でナレーションとして入る詩がそれである。
ということで、輸入盤だと元の英語詩だが、幸運なことに、谷川俊太郎訳のCDが存在する。言語の壁はクリア。すごい。日本は恵まれていると言える。
なにゆえ日本語版が出来たかというと、1999年の武満徹作曲賞の演奏会でベリオが審査員を務め、ベリオ作品の演奏会が組まれたからである。管弦楽と室内楽のプログラムが組まれ、そこで木ノ脇道元(fl)、辻功(ob)、菊地秀夫(cl)、塚原里江(fg)、白谷隆(hr)による演奏で日本語版の初演が行われた。
第1曲 Barn Dance(いなかのおどり)、第2曲 The Fawn(うま)、第3曲 The Grey Mouse(ねずみ)、第4曲 Tom Cats(ねことねこ)の4曲構成で、時間は10分弱。この訳も谷川俊太郎氏のもの。
上にも書いたが、奏者はナレーションも兼ねているので、演奏したり語ったりと忙しい。しかも4曲目では“Oh…”と言いながら立ったり座ったりが3回ある。大変な曲だ。
語りにもちゃんとリズムやイントネーションが指定されており、その通りにやらないといけないようだ。邦訳も難しかったことだろう。音楽は和声ではなく対位法的に絡み合い、そこに語りも一つの楽器のように重なる。5声を超えたポリフォニーを形成するのだ。
第1曲いなかのおどりは、きつねとひよこが登場する。ホルンとファゴットによるオンビートの踊りの前奏に乗って、きつねとひよこが踊るというもの。原詩では男狐が雌鶏を踊りに誘い、夢中になって灯りが消えても気が付かない、はいおしまい……という内容だが、谷川訳では女狐がひよこの坊やを踊りに誘うという設定に変わっている。なるほどねえ……。この曲はダサい舞曲と情景描写と、非常にあからさまで面白い。
第2曲うま、実際は小鹿。戦争を起こす人間の愚かさに思いを馳せるうま、という内容。瞑想的で、いわゆる緩徐楽章のポジション。持ち替えアルト・フルートのフラッターにも注目。
第3曲ねずみ、これは年老いたねずみが若いねずみを妬むという内容で、原詩も日本語版もあまり変わらない。フルートとオーボエ、そして甲高いナレーションが、小さなネズミを描写する。細かく重なり合うリズム、単音のタンギングも忙しそうだ。忙しく踊っているうちに人生は終わる。
第4曲ねことねこ、これはお互いの長所を妬み喧嘩をする猫が、結局は両者ともその長所を失ってしまうというもの。これは傑作日本語訳の前に音楽はひれ伏してしまう。冒頭の“In the jungle of the city”を「東京のド真ん中!」と訳したナレーション、見事としか言いようがない。素晴らしい風情である。また、原文では「ダビデとゴリアテのように」と猫同士がライバルであることを表すところが「虎猫がブルース・リーなら、斑猫はモハメド・アリ」と訳され、さらに99年の武満徹作曲賞演奏会の際は、ミッチーとサッチーに言い換えられ、会場の笑いを誘ったそうだ。もはや谷川俊太郎がベリオを食ってしまっている(それもどうかと思うのだが……)。音楽も夜のシティ風味、ジャジーな雰囲気もあり楽しい。
プロアマ問わずオケの団員による子供向けコンサートで演奏されたり、2017年のアンサンブル・ウィーン=ベルリンの来日公演でも演奏されたようだ。日本語版のCDもあるので、ぜひ一聴を。
ありのみ株式会社 (2012-01-25)
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都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more