バルトーク ルーマニア民俗舞曲 Sz.56
4月16日、ピアニストのイェルク・デームス氏が亡くなった。パウル・バドゥラ=スコダ、フリードリヒ・グルダとともに「ウィーン三羽烏」と呼ばれ人気だったピアニストだ。親日家だったため日本のクラシック・ファンの間でも大きなニュースとなり、SNSで様々な思い出話が繰り広げられていた。
そのときに僕が見かけたデームス氏の演奏に対する感想で「デームス氏の“訛りのある”ベートーヴェンが云々」と「全く“訛りのない”シューマンが云々」というものを見かけ、いやどっちやねん!と、なるほど「訛り」というのは難しいものだなと思ったのだ。
ここで言う「訛り」がウィーンとかドイツとか地域的なもか、あるいは言語の訛りが音楽の語り方に反映されたものか、はたまたベートーヴェンらしさ・シューマンらしさなのか、その辺は知らないけど、母語が日本語の僕にとって、西洋音楽の「訛り」はそう容易に扱える代物ではない。
日本語にも地域ごとに訛りが存在するのと同様に、音楽にもリズムやテンポ、ピッチなど、地域によって独特な使い方があるのは確かだ。
さて、ようやく今回の曲の話に入るが、バルトークの名曲「ルーマニア民俗舞曲」は、ある意味そうした「訛り」が直接関わる曲である。何しろ民謡であるし、採集した民謡の素材がほぼそのままで、もちろんバルトークによる加筆修正はあるにせよ、この曲は「素材の味」を活かした料理に近い。1909年にトランシルヴァニアで採集されたルーマニア民謡が素材で、採集の協力者でありイオン・ブシツィア教授に献呈されている。
正直なところ、バルトークの楽曲としては、そうした民謡素材を分解分析し、その語法を西洋音楽の伝統に落とし込んだ作品群こそが彼の芸術の極致であることは違いないだろう。
でも僕はこの曲が大好きである。また抜きん出た名曲だと思うのは、ひとえに作曲家の芸術性以上に、演奏家の芸術性に依るところが大きい。
どの曲も旋法的、もっと砕けて言えばメロディー主体(すいません全然違いますね)なので聴きやすい。6曲の組曲で、どれも短く、全体でも数分で終わる。またアレンジも豊富で、原曲は1915年に作曲されたピアノ曲だが、バルトーク自身による小管弦楽版や、他にも多くの種類の編曲が存在する。ゾルターン・セーケイによるヴァイオリンとピアノ版は多くのヴァイオリニストによって演奏されているし、吹奏楽版も後藤洋編曲をはじめ相当数ある。器楽をやる人にとっては楽譜もすぐに見つかり、プロアマ問わず演奏しやすいのも良いところだ。
「棒踊り」「帯踊り」「踏み踊り」「角笛の踊り」「ルーマニア風ポルカ」「速い踊り」の6曲。それぞれの解説は他のサイトにもたくさんあるので省略するが、どの曲も、ルーマニアのことなどこれっぽっちも知らない人でもついつい踊り出したくなるダンス・ナンバーである。バルトークの大作をやった後のオーケストラや、ヴァイオリンやピアノのリサイタルのアンコールなどでよく取り上げられる。
上で演奏家の芸術性に依る、なんて書いたが、この曲は本当に演奏されてなんぼの曲だと思う。世の中には作曲されたことそのものに価値があったり、1回演奏されるためだけに作られた曲なんてものもあるが、これは幅広く演奏されることに意味があるだろう。
もっと言えば、この曲は素材が素材なだけに、真面目なクラシック演奏より、もっとジプシーらしくやった方が圧倒的に興奮する。具体的に言えばTaraf de Haidouks(下にCDのリンクあり)とかThe Rajko orchestraのことだが、きっと地元ではもっともっと色々な演奏がされているんだろうなと思うと垂涎である。
はっきり言うと、真面目に楽譜通りにただやられてしまうと、やっぱりつまらないのだ。とにかくダサい。「棒踊り」なんかヤバイ。ジャズのイディオムを解さないで演奏する吹奏楽部のポップスステージくらいダサい。こぶしを聞かせない演歌を聞いているようでつらい。特に「ポルカ」と「速い踊り」はダサさが際立つ。聞いている方が恥ずかしくなってくる。
そこで、演奏家の「訛り」である。各々の語り口にこそ芸術性が現れるのだ。東欧の演奏はそこが面白い。僕は東欧の言語についてはさっぱりだけど、「ああ、これがルーマニアの訛りなのかな」と思えるような演奏に出会うことがある。そうした「訛り」と、いわゆる西洋芸術音楽の伝統、その折り合い、せめぎ合い。粗暴さとアカデミズム、型の中でどう暴れるか……そんなところが、この曲のクラシック演奏の聞き所である。ということで、この曲の肝心要は演奏家の領分にあると主張するのはいかがかしら。
そこまで言ったので、一応ルーマニアのヴァイオリニスト、シュテファン・ルハの演奏を推薦しておこう(リンクが無くて申し訳ないので、お詫びにケレメンのCDのリンクを貼ります)。とにかくこの曲は色んな演奏家による色んな演奏があり、それぞれに魅力があるけれど、もし「訛り」という観点で語るなら、ルハの演奏くらい濃い民族訛りが欲しいものだ。しかしよく考えてみれば、ルハの演奏が標準語で、他が外国訛りなんだろう。
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都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more