プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番 変ロ長調 作品83「戦争ソナタ」
今をときめくピアニスト、ユリアンナ・アヴデーエワが2014年にフランスのトゥールで行ったリサイタルで、シューベルトのD946、プロコフィエフのソナタ第7番、ショパンの24の前奏曲を取り上げた(音盤にもなっている)。この3曲を取り上げた理由として、プロコフィエフの亡命の旅を挙げている。プロコフィエフは渡米する際に一旦日本に立ち寄って2ヶ月ほど滞在しており、その際リサイタルも行っているが、自作曲に加えてショパンを取り上げたこと、また渡米した後そのプログラムに古典派の編曲を加えるよう依頼されシューベルトのワルツを編曲したことを挙げ、プロコフィエフのソナタ第7番を真ん中に据えて、これらの関連を紐解くという興味深いリサイタルであった。
はてさて、シューベルトやショパンと、プロコフィエフのピアノ作品との関係性が一体どうなっているのか……それはアヴデーエワのCDを聴いて確かめてもらうということでご勘弁願いたい。けだし珠玉の名曲であるピアノ・ソナタ第7番、この曲がピアノ・ソナタの歴史に名を残すことになったのも、古典派・ロマン派作品があってこそ、伝統の流れに位置するからこそである、というのは間違いないだろう。
簡単にこの曲の解説をしよう。3楽章構成で、演奏時間は15分から20分ほど。この第7番だけでなく、第6,7,8番の3曲が「戦争ソナタ」と呼ばれる。1939年から44年の第二次大戦時に作曲されたことでそう呼ばれるだけで、特に戦争と深い繋がりはない。英語表記ではときに「スターリングラード」という副題が付くこともある。戦争そのものと直接関係はないが、その暗い社会背景や、この音楽が表現しているものの恐ろしさや悍ましさなどは、感じることはできるだろう。初演を努めたリヒテルは、後にこの曲に在る無秩序の強い力や、深く根付く致死的な悪、といった部分に触れている。
作曲を始めた1939年、キスロヴォツクという保養地で過ごしたプロコフィエフは、後の伴侶となるミーラ・メンデリソンに出会う。ミーラによれば、この頃のプロコフィエフはロマン・ロランのベートーヴェンの本を読んで大変感心していたそうだ。
第7番は3曲の戦争ソナタの中でも最も有名で、演奏・録音ともに多い。第3楽章は技巧的で弾き映えするので、アンコールピースとしてよく演奏される。
この曲の特徴としてピアノの打楽器的使用を挙げる人も多いが、顕著なのは第3楽章だけで、そもそもリストの時代からあるので、そこは大して革新的なところとは言い難い。
ということで、この一見とっつきにくそうな、クラシック初心者が聴いたら「よくわかんないなあ」と思ってしまうような曲は、何も破壊と革新だけがテーマの曲ではない。基本的には、伝統的なピアノ作品、ピアノ・ソナタと変わらないと思って、心を無にして聴いて欲しい。
例えば第1楽章も、無調の音楽のようにも聴こえるが、「B♭(変ロ音)に集約する」という特徴もある。登場する主題はわかりにくいものかもしれないが、ある主題(クラシック上級者向けには、固定楽想の一種のようなものと言ってもいいかもしれない)が登場させる際、必ず鍵となるB♭(変ロ音)が存在することに気づくだろう。それは確かにコテンパンにやっつけられて、煮て焼いて調理されてしまうのだが、形式としては古典的なソナタ形式に則っているし、このB♭(変ロ音)を頼りにすれば迷子になることはない。
第2楽章も非常に叙情的だ。シューマンのリーダークライスの「悲しみ」に由来する主題や、中間部のラフマニノフ風の鐘の模倣など、ピアニストの歌い上げっぷりを堪能することができる。ジャズに慣れた現代人であれば、2楽章はすんなりと聴けるのではないだろうか。
そして有名な第3楽章、7拍子で力強く駆け抜ける、猪突猛進、打楽器的という言葉がふさわしい音楽だ。ここでも常に鳴り続けるB♭(変ロ音)、強烈で頭から離れない。クライマックスも激しくダイナミックでかっこいい。盛り上がること間違いなし。荒れ果てた大地を駆けるものはいったい何か。
この世に永続すると信じて疑わないもの、それがその実いかに脆いものなのか。あるいは不安や荒廃、そして死……そんなテーマを頭の片隅において聴くのがいい曲だと思う。しかしその外殻は決して破壊的ではなく、途切れることのない確固たる古典形式の上に存在するもので成り立っている。
話題は変わるが、このブログの右側にあるカテゴリ(PC版のみ)に作曲家名が並んでおり、当然好きな作曲家の記事数が多くなる。シューマンやシューベルト、ブラームス、そしてベートーヴェン、モーツァルトと、その辺りの作曲家に偏る訳だが、意外にも健闘しているのがプロコフィエフである。
クラシックを聴き始めた頃は、その新しい響きと皮肉っぽいユーモアに惹かれてよく聴いていたし、好きな作曲家だと自分でも思っていた。しかし段々と、プロコフィエフに限らずとも鮮烈な響きを持つ作曲家はたくさんいると知り、あまり「プロコフィエフが好き」と自認しなくなった。このブログでも、今回の前に取り上げたのは2013年である。
それでもやっぱり数が増えていくのは、好きなんだろうなあ、と再び思った。こういうのがわかるのも、ブログを続けていて良かったことである。
上で挙げたアヴデーエワのライブ録音↓
Mirare France (2014-10-14)
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都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more