モソロフ 舞踏組曲
ロシア・アヴァンギャルドを代表する作曲家、交響的エピソード「鉄工場」という曲で有名なアレクサンドル・モソロフ(1900-1973)の隠れた珠玉の名曲を取り上げよう。
グリエールとミャスコフスキーに作曲を学んだモソロフは、バレエ音楽「鉄鋼」(1927)とそこから抜粋した管弦楽曲である交響的エピソード「鉄工場」(1928)で注目を浴び、その強烈な作風で一大センセーションを起こした。知らない方は一度聴いていただきたい。ドッタンバッタンな音楽である。
音楽史的には「鉄工場」の一発屋扱いだが、しかしやはり、そのアヴァンギャルドな作風は当局に嫌われ、もっと保守的でスターリン礼賛的な作品を書いたこともある。また、民族音楽への興味も手伝い、民謡の収集やそれを用いた作品を残すなど、アヴァンギャルド作品以外の音楽もあるにはある。
それでも自身の音楽を貫いた結果、1937年に当局に逮捕され、8年の運河建設の強制労働を言い渡され収容所に送り込まれる。グリエールとミャスコフスキーの陳情で翌年には開放されたものの、相当堪えたようで健康も害してしまう。しかしモソロフはすぐに作曲活動を再開。この頃にはロシア・アヴァンギャルドも下火になっており、モソロフも自身の強烈な音楽性と保守的な音楽を上手く混合したような作品を生み出すようになった。
今回取り上げる舞踏組曲(1946)は、ハープ独奏のための5曲の舞曲からなる組曲。10分ほどの組曲で、ヴェラ・ドゥロヴァというロシアの名ハープ奏者・教授に献呈されている。ドゥロヴァはロシア初のハープ製作にも携わった、当時のロシアで最も活躍したハープ奏者だ。この組曲はどれも保守的で伝統的なロマン派音楽であり、何の予備知識なしでも美しいメロディを楽しむことができる。僕が初めて聴いたのはノケライネンの演奏のCDだったが、ドゥロヴァが82年に録音した音源もある(記事上と下の画像がリンクです)。
モソロフが強制労働から復帰した直後に作曲した作品にハープ協奏曲(1939)があり、その初演もドゥロヴァが務めた。舞踏組曲はドゥロヴァのテクニックに基づいて作られた曲だ。
第1曲メヌエット、ハ短調の哀愁漂うメロディからは、エレガントで古典的な舞曲の面持ちと何処と無く民族音楽風の香りがある。アルペジオの多用がハープらしさだ。
第2曲ガヴォット、これもルネサンスやバロックでもよく使われる舞曲だが、ここではロマン派音楽のような大胆な、ちょっとグロテスクにさえ思える旋律が魅力だ。ここでも度々現れるアルペジオが美しい。中間部のメロディもたまらない。
第3曲ワルツ、透明感があり、そよ風のように優しく吹き抜ける旋律がいい。中間部では単旋律のみで聴かせる。アルペジオを挟んでオクターブ上で再帰するのも定番だがそこがまた愛おしい。伴奏の下降音も素敵だ。
第4曲ポルカ、これもヨハン・シュトラウスより少し濃い目の味付け。それがモソロフの個性だろうか。
第5曲ギャロップ、どうしてもカバレフスキーのあれを思い出す舞曲だが、ハープ独奏であればずっと落ち着いた駆け足、暴走なんてとんでもない、お嬢様走りで上品に駆ける。ここでもアルペジオは活躍する。終盤の和音もちょっとした工夫があり、ロマン派だなあと、アヴァンギャルドはどこへやら、美しい旋律と和音、それを奏でるハープの音色にメロメロだ。
そんなメロメロな組曲だが、「ポスト・モソロフの作曲家」と言われるボリス・ティシチェンコは、この舞曲はもっと深い内容で思想的で云々と語っているそうだが、詳しくわからないのでとりあえず置いておこうと思う。僕がもっと詳しくなって書けそうであれば、その辺についても書いてみよう。
このブログでハープの音楽を取り上げるのは「ヴィクトリアン・キッチンガーデン組曲」以来かもしれない。でも僕は結構、ハープとかギターとか、撥弦楽器の音楽が好きなんだなと改めて思った。あの「鉄工場」のモソロフで、調性音楽の魅力にどっぷりと浸ろう。
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more