ヴィラ=ロボス ブラジル民謡組曲:ショーロ、巴里に啼く

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ヴィラ=ロボス ブラジル民謡組曲


ギター独奏の作品をブログで取り上げるのは久しぶりで、イルマルの「バーデン・ジャズ組曲」以来かもしれない。10年以上開いてしまった。
だがその10年の間に、僕の中でギター・ソロ作品というのは非常に大きな位置を占めるようになった。それは自分の環境や心境の変化にもよる。聴く量は圧倒的に増えたし、さらに好きになった。
ギター協奏曲であれば、ロドリーゴカステルヌオーヴォ=テデスコの曲を紹介したが、今回はヴィラ=ロボス作曲、ギター独奏のための「ブラジル民謡組曲」を取り上げよう。読んでないが、映画化もした平野啓一郎の小説『マチネの終わりに』にも登場するようだ。
ブラジル生まれの作曲家ヴィラ=ロボスを取り上げるのは2012年にヴァイオリンとピアノのためのソナタ・ファンタジア第2番について書いて以来。ヴィラ=ロボスは非常に多作家なので、てっきりギター作品もごまんとあるのだと思っていたら、実はそれほど多くはなかった。
主に3曲、今回取り上げる初期作品の「ブラジル民謡組曲」(1907-23)、パリ留学中の「12の練習曲」(1928)、ブラジルに戻り教育方面でも活躍していた時期の「5つの前奏曲」(1940)、他は小品がいくつか。
ヴィラ=ロボスの初期ギター作品で原曲のまま残っているのは小品2つのみで、「ブラジル民謡組曲」も個々の曲は1907年から23年の間に作曲されたそうだが、失われたり再編成されたりして、1950年代に改訂版として現代の形になっている。
ギターは幼い頃から触れていたそうだが、音楽を教えてくれた父が他界してから、母は息子を医者にしようと音楽環境を取っ払ってしまった。そのときに、なんとか得たギターだけでショパンやハイドンやバッハを弾けるように工夫したのが、彼のギターテクニックに大いに寄与したとのこと。
リオデジャネイロ生まれのヴィラ=ロボスは1905年、18歳のときにブラジルの北東部地域を旅して民謡を集める。それらは「ブラジル民謡組曲」だけでなく、その後の彼の創作活動全体に大きな影響を与えた。


若かりし頃に書いた「ブラジル民謡組曲」を出版しようと思わせたのは、やはりパリである。ヴィラ=ロボスが留学をしていた1920~30年代のパリは当時の多くのギタリストにとっても重要な場所であり、ヴィラ=ロボスもセゴビアと出会って親交を深めている。ギター音楽業界も出版ラッシュが始まり、熱くなってきた時代だ。
ヴィラ=ロボスも当然ギター音楽の作曲家として、何より幼少期から自身も弾いてきたギタリストとして、もっと言えば「ショーロ弾き」としての情熱、能力を発揮しようとした。
その結果、当時で言えばモダンな作風の「12の練習曲」と、それと相反して、若き頃のブラジルでの経験を活かした「ブラジル民謡組曲」を出版しようと思い至ったのである。
実際は50年代になってから出版されたそうだが、その間、ヴィラ=ロボスは自身で何度も改訂を加え、演奏の際には必要に応じて手稿をギタリストに手渡ししていたそうだ。


ショーロ、19世紀リオデジャネイロ発祥のポピュラー音楽だが、ポルトガル語で「泣く」を意味する言葉が由来である。編成はフルートやギターなどの少人数の即興演奏であり、音楽の構成としてはABACA形式の、第1主題が3回繰り返される2拍子の音楽のことを意味していた。ギター独奏ではあるが、「ブラジル民謡組曲」ではショーロのスタイルが活かされている。


第1曲「マズルカ・ショーロ」、イ短調のマズルカ、ショパンほど舞踏性は無いかもしれないが、漂う哀愁はずっと色濃い。ショーロはセレナーデ的な性質のものだという話もあるが、なかなか熱い胸の内や悲しみを歌っているようにも聴こえる。
第2曲「ショティッシュ・ショーロ」、スコットランド風の舞曲は18世紀終わりから19世紀前半のパリでも流行していた。モデラートだが可愛らしいメロディとリズムは軽快な雰囲気だ。天気の良い日に海でも眺めながら聴きたい。
第3曲「ワルツ・ショーロ」、スタンダードなワルツだがギター1本では踊るよりも酔わせる方が主だろう。伴奏に合わせて四分音符で歩く旋律も小気味いいし、ピウモッソの部分の旋律も、少し凝ったコードも素敵だ。
第4曲「ガヴォット・ショーロ」、寛いだ雰囲気が心地良い。平野啓一郎は先に挙げた小説で「幾人かの親しい友人たちが、ゆったりと流れる午後の時間の中で、気軽な談笑に耽っている光景を思い描いた」なんて書いている。そんな穏やかな演奏も良いが、このページの上で紹介しているCD、ローラン・ディアンスの起伏激しい演奏もまたグッとくる。
第5曲「ショリーニョ(小ショーロ)」、これはわかりやすい舞曲風ではなく最も流しのギター弾きの即興のような味わいがある。仄暗い雰囲気も、ピウモッソになるガラッと雰囲気を変えて面白い、このリズムこそがギターの楽しみというものだ。


ゆったりとした時間を過ごすときに部屋でBGMにように流すのにも使えるし、演奏会のようにしっかりと対峙して聴けばいっそう好きなる、深みのある音楽だと思う。そういう曲はいくらでもあると思うが、ギター独奏曲は特に、そんな懐の深さに惹かれるのだ。


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