ベン=ハイム 弦楽四重奏曲第1番:「ベン=ハイム」として

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ベン=ハイム 弦楽四重奏曲第1番 作品21


最近は楽曲のブログ記事もマニアック曲ばかりになって、バランス悪いなあ、いかんなあと思いつつ、すいません、またマニアック路線です。でも書きたい! ミュンヘン生まれ、イスラエルで活躍した作曲家、パウル・ベン=ハイム(1897-1984)の弦楽四重奏曲第1番について。
ベン=ハイムも割と最近知った方で、まだまだ知らない人ばかりだ。世界は広い。カルメル・カルテットという、その名の通りイスラエルを拠点に活動する弦楽四重奏団のCDで知った。カルメル・カルテットは、アイザック・スターンやミリアム・フリードらに学び、多くの国際的な賞を受賞している実力あるアンサンブルだ。レパートリーも広く、特にベン=ハイムやスタンバークなど、イスラエルゆかりの作曲家を多く録音して紹介したり、イスラエル国内における室内楽の聴衆拡大に努めている。


ベン=ハイムは、ミュンヘンでは「パウル・フランケンブルガー」という名で生まれ、若い頃は指揮者としてブルーノ・ワルターやハンス・クナッパーツブッシュの助手を務めていたそうだ。アウクスブルクで指揮者として活動していた最中の1933年、つまりヒトラーが政権を獲得した年、止むに止まれずパレスチナに移住。名前もベン=ハイムに変えた。
ドイツでバリバリ活躍していたカペルマイスターから、西洋芸術音楽としては新興の地だった中東へ渡ったベン=ハイム。ユダヤ民俗音楽の研究や普及に努め、作曲と教育にも力を入れたそうだ。社会も激動の時期だが、個人としても大きな転換期だった。1948年にはイスラエル独立に合わせて帰化している。
作曲はジャンルも多岐に渡り、最近は録音も多く、気軽に聴くことができる。ブロッホに似た作風だが、やはり活動した国が違うだけでこうも知名度の差が大きく出るものかと、しみじみと思う。
後期ロマン派に民俗要素が加わり、ある意味では国民楽派の音楽に近いかもしれない。カルメル・カルテットのCDでは、パレスチナ移住後の作品である弦楽四重奏曲第1番と、ヴィオラのシュリ・ウォーターマンを加えて初期作品の弦楽五重奏曲を録音しており、後者はいかにもなドイツ風の後期ロマン派音楽。リヒャルト・シュトラウスの影響が前面に出ているが、前者のカルテットの方はもうユダヤ音楽的要素が色濃く現れている。
いやしかし、聴いた瞬間に心を捉えられてしまった。好みにピッタリ合う。自分でも思うが、よくもまあこういうロマン派プラス民俗音楽というのばかり飽きもせず聴けるものだなあと。それはともかく、良い曲は良いのだ。


上でR・シュトラウスからの影響と書いたが、それもミュンヘンで学んだのが大きいだろう。他にはバッハを尊敬しており、民族風を感じつつも、決してそれだけに流されず、規律を意識したシステマティックな音楽性だ。他にはドビュッシーやラヴェルといった印象派や、マーラーが好きだそうだ。
1933年にパレスチナへ渡ってから数年の間は演奏活動を中心に行い、自身の音楽的な基盤づくりに勤しんだ。ベン=ハイムを作曲家の道へ突き動かしたのは、様々な場所で音楽をすることで触れた民俗音楽と、ヴァイオリンの巨匠ブロニスラフ・フーベルマンがナチスから逃れたユダヤ人を中心とした音楽家を集めて設立したパレスチナ管弦楽団(現イスラエル・フィル)だった。
1937年に作曲された弦楽四重奏曲第1番は、移住後としては最初期の作品で、フランケンブルガーではなく「ベン=ハイム」として、中東における西洋芸術音楽の開拓者として、取り組んだものである。明らかにドイツ的なものからの脱却が意図されており、それまでスコアにはドイツ語で指示が書かれていたのがこの曲ではイタリア語になり、また終楽章で1楽章の主題が回帰するフランス風の様式も取り入れられている。


1楽章、異国情緒ある音階は冒頭から中東へと誘う。しかしシンプルに民謡風という訳でもない。ソナタ形式で、かなり古典を意識したフレーズやリズムも感じる。民俗音楽要素の処理などはバルトークを感じるが、それよりもやや甘口だ。ヴィオラが活躍するのもまた、この曲の情緒に一役買っている。
2楽章“Molto vivace”は、緩急ある、伝統的なスケルツォ楽章と言える。マーラーの交響曲のスケルツォをも彷彿とさせる。半音階的で、高低の差も激しく、フラジオ、またコル・レーニョと思しき音も聞こえる。速弾きも含め、聴いていて楽しい楽章だ。
3楽章は美しいラルゴ……子守唄のような。あるいは、全音階的な土着の旋律に、和声が絶妙に味付けする、ノクターンのような。チェロが朗々と歌うのにも心惹かれる。
4楽章、徐々に忍び寄るベースのようなチェロ、不気味なイントロから、リズム重視の主題へ。一応ロンドであり、舞曲風ではある。だが奇妙な踊りだ。上にも挙げたが、1楽章の主題が再帰するのは、初めて聴いたときは「あ、そっち系の方ですか!」と驚いた。まあ、何度聴いてもグッと来るものだが。オーケストラ然とした堂々としたフィナーレ楽章である。
民俗音楽らしさは聴きやすさにも通じるが、全体としてはキャッチー過ぎないので、弦楽四重奏らしい、ある種の渋さを好む層にも不満ないのではないだろうか。


ナチ政権誕生からの移住、ドイツから脱却してのこの弦楽四重奏曲、というニュアンスで書いてしまったが、それはあくまでベン=ハイムの一面であって、そう単純な話でもなさそうだが、ここでは割愛する。ベン=ハイムは1972年にミュンヘンで交通事故にあい、以降は車椅子生活だったが、晩年でも記憶ははっきりしており、テルアビブの自宅にはドイツ製のグランドピアノがあり、たくさんのドイツ語の本に囲まれ、ドイツ時代を思い起こすような部屋にずっと住んでいたそうである。
カルメル・カルテットのCDのブックレットには、バイオグラフィーも含め、楽曲解説も譜例付きで詳しく書いてあるので興味のある方はぜひそちらをご覧いただきたい。この作曲家も、もっともっと深めて、たくさん聴きたいと思わせる作曲家の一人だ。


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Author: funapee(Twitter)
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