カラマーノフ レクイエム
「最近の関心はロシアとイタリア」とプロフィールで書いていながら、TwitterでもRAIの放送やイタオペの話が多めでロシアの話はあまりしていなかった気がする。ということで、罪滅ぼしのロシア系マニアックなネタ投下である。
ロシアのクラシック音楽好きであれば名前は聞いたことがあるかもしれない、アレムダール・カラマーノフ(1934-2007)を取り上げよう。
マニアックと書いたが、実はそうでもないかもしれない。何しろ日本語でWikipediaがあるくらいだ。YouTubeでも聴けるし、そういう意味ではロシア音楽ファンにはありがたい存在である。
カラマーノフはクリミアのシンフェロポリ生まれ。モスクワ音楽院で学んだ後、フレンニコフやカバレフスキーに師事した。
24の交響曲や、レクイエムやミサ曲、スターバト・マーテルなどのキリスト教系の音楽のほか、室内楽や器楽、実用音楽など幅広く作曲。ショスタコーヴィチやシュニトケから高く評価されるも、ソ連時代にキリスト教音楽を作り続けたため当局からは睨まれており、作曲しても上演機会にも恵まれず、21世紀になってから初演された曲もたくさんある。
ソ連が崩壊し、90年代になってから徐々に存在が世界中に知られていき、アルメイダやアシュケナージ、フェドセーエフらが交響曲を録音した。今はそれらも配信されているものがあり、いくつかの交響曲はすぐに聴くことができる。
交響曲もキリスト教の影響が大きいが、今回はレクイエムを紹介したい。オーケストラと混声合唱とソリストという割と普通の編成。一応ロシアのホームページには、ソ連作曲家同盟の依頼で1971年に作曲したとあるが、スコアが完成したのは1991年である。
レクイエムの演奏動画はYouTubeにもいくつか上がっており、ファンの中では視聴が容易で知名度もあるだろう。例えば、スピヴァコフ指揮ロシア・ナショナル・フィルとマスターズ・オブ・コーラル・シンギングによる、2013年1月に行われたクリスマスフェスティバルのフィナーレ公演の動画は、随分前からファンの間では知られているところだ。また、昨年にはニグマトゥーリン指揮ベルゴロド響の2019年公演の動画も上げられていた。
ということで、YouTubeですぐに聴けるので、全く知らなかったという人にもぜひ一度聴いてきただきたい。
歌詞はラテン語を用いている。女声コーラスの単旋律から始まり、徐々にコーラスが増えていくと、ロシア音楽好きならアンテナがすぐに反応しそうな、いかにもロシア的な仄暗い雰囲気に惹かれること間違いなし。案外メロディアスなんだな、なんて思っていると、サスペンデッド・シンバルやティンパニのロールと共に力強いコーラスに金管のトリルが現れ、ここでもやはり期待通りのロシア風を味わえる。キリエでは木管楽器のアンサンブルで主題が再提示され、このメロディの美しさと響きのシリアスさがたまらない。
特筆すべきは怒りの日の独特なリズムと繰り返しである。ストラヴィンスキーやショスタコーヴィチを彷彿とさせるロシア・クラシック音楽の系譜。ここだけでもなかなか聴き応えがある。
かと思えば、まるでオペラや映画のワンシーンのようにロマンティックなレコルダーレにも驚くだろう。コンフターティスでは不気味な調性のコーラスに、重なるスケールの木管楽器も異様な雰囲気を醸し出している。
アルトの歌から始まるラクリモーサも美しい。悲しげなヴァイオリン・ソロとアルトとの掛け合いも良い。ドミネ・イエスも非常にエモーショナルだ。
まるで行軍のような推進力を持ったサンクトゥスも妙な面白さがあるし、テノールのベネディクトスの美しさたるや……ここは不協和音なし、ひたすら初期~中期ロマン派音楽のような綺麗な響きが満ちている。
アニュス・デイ、冒頭の低音でのピアノの使い方、これを聴いてロシア音楽を思い出さないものはいない(かどうかは知らん)。
金管の吠え方や、恐ろしさを湛えた木管の音なんかは、やはりショスタコーヴィチを思わせる。それでいて、社会主義リアリズムにありがちな冷たさだけではないというか、ラフマニノフのようなロマンティックなメロディ、明快に感じ取れる人肌の温もりはイタリアオペラさえ思わせる。
なぜレクイエムを取り上げようと思ったかというと、最近この曲の世界初録音と思しき音源がClassical ArchivesでDL販売&サブスク配信されていたのを発見したからだ(リンクはこちら)。もう随分前から配信されていたようだが。
おそらくこの配信音源は、2006年4月18日、キエフにあるウクライナ国立フィルハーモニーホールでの録音で、オレクサンドル・ジグン指揮ポチャイナ聖歌隊、ウクライナ国立響ほか、ウクライナの歌手たちによるプレミアだと思われる。別にCDがあるようだが未入手。
ジグンとポチャイナ聖歌隊は世界初演者であるとこの合唱団の公式HPで書いていたので、状況証拠的におそらくこれが初録音なのではないだろうか。
CDはレアなので配信には感謝である。曲自体はYouTubeにあるけれども、この録音の面白いところというか付加価値というのは、「ああ、やはりウクライナが先だったのか」というところである。
この曲のロシア初演は、カラマーノフが病床に伏していた2007年1月19日、モスクワのチャイコフスキー・ホールにて、エフゲニー・ブシュコフ指揮、国立新ロシア響(バシュメットのオケ)とユルロフ・ロシア合唱団による。その前年にあたる2006年の録音がウクライナの世界初録音ではないか、ということ。
今でこそロシアでもカラマーノフ作品を取り上げるが、上でも書いたようにソ連時代は冷遇されていた。また、カラマーノフが生涯を過ごしたのはクリミアのシンフェロポリ。宇露関係的にもデリケートな土地である。そんな経緯もあって、カラマーノフ自身がどう思っていたかは知らないが、ウクライナの音楽家や愛好家たちにとっては、カラマーノフはウクライナの英雄であるという認識が強いのだろう。
2006年のウクライナでは、キエフでのレクイエム公演のほか、スターバト・マーテルや、10部構成で3時間ほどの大作、交響的福音「完了」の初演もあったそうだ。ということで、YouTubeのロシア系演奏ではなく、ウクライナの演奏者によるレクイエムが聴けるのは、なかなか意義深いことだと思う。
おそらくこれからカラマーノフの演奏は増えていくと、そう信じているのだが、当然我々にとってはウクライナよりもロシアのミュージシャンによる演奏の方がずっと身近に聴けるものになるだろうし、ウクライナの演奏が気軽にバンバン聴けるという風にはなかなかなってくれないだろう。だからこそ、こうして書いておきたいなと思ったのだ。YouTubeの演奏だけでなく、こんな演奏を聴くのも楽しいものだ。
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more