フランク ヴァイオリン・ソナタ イ長調:解釈の自由度について

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フランク ヴァイオリン・ソナタ イ長調


大好きな曲なので、てっきり昔からブログに書いていたような気がしていたけど、書いてなかった。というパターンは結構あり、この曲もその1つである。ようやく書く。フランクの曲について書くのは弦楽四重奏曲以来だ。


どこかのCDの解説に「ヴィルトゥオーゾを見せる曲ではなく、解釈が試される曲」書いてあった。そうなのかしら。確かにヴィルトゥオーゾ系に分類するのは間違いだろうが、奏者の解釈を正確に聴衆に伝えるにはそれなりの技術が求められるのも事実だ。Liveならまだしも、スタジオ録音盤でも結構ピアノが弾けてるのかどうか怪しいのもあったりする。また解釈云々の前に、一聴してすぐに「うわ!このヴァイオリン、うまい!」と、聴く方が頭を使うこともなく無条件にそのテクニックに感動してしまうこともある曲だ。まあ、あくまで僕の場合は、だけど。
ロマン派のソナタは、例えばバロックや古典派よりも、一般的には解釈の自由度は高いように思われがちだけど、それもどうも昨今はそうでもないというか、かえって古い時代の方がどんな解釈でも寛容に受け入れてくれるような気もしている。


そもそもフランクのヴァイオリン・ソナタは1886年、フランクが63歳のとき、当時28歳だったヴァイオリニスト、ウェジーヌ・イザイの結婚のプレゼントとして作曲された。なので結婚式で弾いたらまず歴史的解釈は正解になる。まあそれはともかく、イザイの結婚のずっと前、1858年、フランクはコジマ・フォン・ビューローにヴァイオリン・ソナタを書く約束をしていた。これは実現しなかったが、この時に準備されたものも含めて最終的にイザイのためのソナタになったと考えられている。
イザイの結婚式の朝、1886年9月26日、フランクとイザイの共通の友人であるシャルル・ボルドを通してこの楽譜が贈られた。イザイは急いでリハをして結婚式でゲストに披露したらしい。演奏家というのは大変なものだ……。
12月にはブリュッセルの美術館で公開の初演が行われた。人工照明を禁止されていた美術館において、イザイは暗い中でほぼ暗譜で演奏したそうだ。演奏家というのは大変なものだ……。


さて、解釈の話に戻ろう。結婚祝いらしく、祝祭的に弾いたらオリジナル通りなのだろうが、結婚の話はいったん置いといて、初演者イザイはというと、フランクの作品以外にも、習慣的に熱演に熱演を重ねる熱い人だったので、当然テンポは速くなりがちだったそうだ。
1楽章のAllegretto ben moderatoについても、現代で普通に聴かれる演奏であれば、結構ゆっくり始まるものを、相当テンポ上げて弾いていたらしい。しかも、出版譜ではなくフランクの草稿にはAllegro moderatoと書かれていたらしく、その上で「イザイさんは1楽章速いな」と思わせるということは、かなり速いはず。当時コロンヌ管のコンマスであったアルマン・ペアレントというヴァイオリニストは、フランクにその件を話したところ、フランクは「正しいのはイザイだと、本当にそう思う」と答えている。
ということで、フランクお墨付きとして、Allegro Vivaceで(かどうかは知らないけど)冒頭からぶっ飛ばす演奏がなされても良さそうなものだが、なかなか現代でそういう演奏にお目にかかれないのも不思議だ。解釈を聴かせる曲だの何だのと言いながら、案外みんな狭い範囲の中でちょこちょことイジっているだけなのかもしれない。
狭い範囲、と言うほど狭くはないかもしれないが――循環形式を用いた全体の構造、曖昧さと激しい感情表現を併せ持つ大胆な和声や転調、ヴァイオリンとピアノの間で交わされる対話、あとはバッハ的(新古典主義的と言ってもいいかもしれない)な音楽とロマン派的な恍惚とした感情の音楽との折り合い――「解釈」というのは、この辺のことをどう表現し、どう聴かせるかということだろう。
録音数も多く実演機会も多いので、様々なヴァイオリニストの創意工夫を楽しむことができて良いのだけど、個人的には大体どんな解釈で演奏されても、曲が好きなので「ああー良い曲だわ」が真っ先に来てしまい、満足しちゃうんだなあ……。
冗談っぽく言うと上のようになるんだけど、もう少し真面目に言えば「どんな解釈でも良いと思わせるだけの傑作」だと僕は思っている。もちろん万人にとってそうとは限らないだろうが、「フランクのソナタは解釈を聴かせる曲だ」と言われると、やや疑問というか、むしろ「解釈の自由度を低くしてしまうほどに、良く出来た曲」というような気もするのだ。
それだけに、技術の正確さも求めてしまうし、また、あまりどこがどう好きとか、ちょっと語りづらい。全部よく出来ている、というか、全部好きなのだ(笑) それでもメロディなら4楽章が好き。美しい。楽器の対話も楽しいし、4楽章って僕の好きなブラームスのラプソディ2番に似ている部分が登場するのもポイント。3楽章はバッハの無伴奏を思わせるところでフランクの敬愛を勝手に感じてしまうし、2楽章ではついついピアノを聴きがち。基本的にピアノ好きなので。


しかしこの、1楽章の開始、独特な浮遊感は本当にすごい。物憂げという言葉がよく似合う。曲のすごさがあるからこそ、イザイがテンポ速く弾いていたという話を知って「イザイは本当にすごいな」と思った。そりゃフランク先生も思わず認めちゃうよね。
めちゃくちゃメロメロに甘美に弾いてもいいし、理性的に弾いてもかっこいい、名曲である。まあどちらかと言えば、オペラのアリアのごとく朗々と歌い上げてもらいたい欲はある。とは言えまだまだ、天国のフランクも認めるような、天国のイザイすら参ったと言っちゃうような、常識を覆す素晴らしい「解釈」の演奏には期待しているのだ。


【参考】
Levison, B., Classical Music’s Strangest Concerts and Characters: Extraordinary But True Stories from over Five Centuries of Harmony and Discord, Portico, 2015.
Stove, R. J., César Franck: His Life and Times, Scarecrow Press, 2011.

Classical Music’s Strangest Concerts and Characters: Extraordinary But True Stories from over Five Centuries of Harmony and Discord (English Edition) Kindle版
英語版 Brian Levison (著)

César Franck: His Life and Times (English Edition) Kindle版
英語版 R. J. Stove (著)

フランク/ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ 他(SHM-CD)
オーギュスタン・デュメイ (アーティスト)


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