ドヴォルザーク 弦楽四重奏曲第3番:ワーグナーの影響と汎スラヴ主義

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ドヴォルザーク 弦楽四重奏曲第3番 ニ長調 B.18

ちょうど10年前、ドヴォルザークの弦楽四重奏曲の中で最も有名な第12番「アメリカ」について記事を書いた。「アメリカ」は人気だし録音も非常に多く存在するが、今回取り上げる第3番ニ長調は、「ドヴォルザーク弦楽四重奏曲全集」などでしか、あまりお目にかかれない作品である。
僕は夏になるとドヴォルザークのカルテット全集をBGM的に流すのが好きで、全集となると選択肢こそ限られるが、今年はシュターミッツSQをよく流して楽しんだ。
第3番は70分を超える若書きの大作で、ドヴォルザークが28歳の頃(1869年前後)と言われている。ときに冗長だの言われるが、そうとわかっていて聴けば何のことはない。じっくりと美しい音楽に浸るのも良い。この頃のドヴォルザークはワーグナーに傾倒しており、ワーグナー的な要素を室内楽に落とし込もうと務めた痕跡が見られる。


ワーグナーの影響は室内楽に限らず、ドヴォルザークの最初の歌劇である「アルフレート」(1870年の作)でも、ライトモチーフや縷々と紡がれる旋律などいかにもワーグナー的要素が見られる。また時期は不明だが、プラハにてワーグナー自身の指揮で「ニュルンベルクのマイスタージンガー」序曲の演奏があった際は、ドヴォルザークはオーケストラでヴィオラを弾いたという記録もある。
一説では、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のミュンヘンでの初演(1868年6月21日)の直後にこの弦楽四重奏曲を書き始めたそうだ。プラハでの楽劇初演は1871年4月26日、この時にが完成していたかどうかは不明だが、この当時はワーグナーに心酔し大きく影響を受けていた時代であると同時に、ボヘミアの民族運動が盛んな時期でもあった。これより少し前の時代だが、
1854年のスメタナの作品である「勝利の交響曲」について以前記事を書いたのでこちらも参考にしていただきたい。


ドヴォルザークは弦楽四重奏曲第3番に、汎スラヴの賛歌であり、民族運動にとっての戦いの歌である「スラヴ人よ」(Hej, Slované)を引用している。これは「ドイツの神聖な芸術」を讃えるマイスタージンガーと関連していないとは言えないだろう。若きドヴォルザークは、ドイツ文化の優越性を謳った音楽に対し、民族主義的なリアクションを取ったのだろうか。音楽学者ヘルムート・シックは「ドヴォルザークは、文化的な面でドイツ人たちに真面目に相手をされない民族の代表として」、プラハの政治集会のためというよりも、マイスタージンガーの受容のために歌の引用を考案した、と解釈している。
その辺りの正解はわからないが、この弦楽四重奏曲第3番は、ドヴォルザークのワーグナーからの影響と、汎スラヴ主義的なボヘミアらしさと、両方が見られるという興味深い作品なのである。そして、それらを一つの芸術としてまとめ上げるにはまだ技量が足りないということも明らかであり、そこを理解した上で聴くとずっと楽しく鑑賞できると思うのだ。


第1楽章Allegro con brio、冒頭の主題のリズムの良さがドヴォルザークの楽才である。美しい旋律がこれでもかと溢れてくる。無限に湧き上がる旋律の糸を上手くコントロールして一つの小綺麗な装束に織り込む……ことができずに延々と美しい生地ばかりが出来上がっていくような。30分近い長さがあり、主にこの楽章のせいで演奏会では滅多に取り上げられず、録音も全集でないとあまり聴けない原因になっている。しかし部屋で寛いで聴くには良いものだ。
第2楽章Andantino、この緩徐楽章は熱心なワグネリアンでない僕にも、ワーグナーらしさを感じさせてくれる。少しでも音が途切れるのを恐れているような気さえしてくるが、曲全体でそういった傾向があるので違和感はないし、むしろアンダンティーノがそれを自然に感じさせてくれる。逆に言えば1楽章と4楽章の方が歪さが強く現れていると思う。
第3楽章Allegro energico、このスケルツォ楽章が「スラヴ人よ」(Hej, Slované)の主題から始まる楽章である。現在のポーランド国歌の元になった曲であり、マズルカらしい付点のリズムが心地よい。この主題が核となって展開していく、この作品の白眉とも言える。
第4楽章Finale: Allegretto、徹底的に半音階で、真面目に追っかけて聴いていると不思議な気持ちになる。それでもチェロやヴィオラの刻みや悠々と流れるようなヴァイオリンのバランスなども悪くないし、移り変わるリズムもドヴォルザークらしい。
ワグネリアンの作る弦楽四重奏曲という観点で言えば、
フランクダンディの曲も以前ブログ記事に書いているが、ドヴォルザークの曲はそうしたものとは目指す方向もまた少し異なるものだと思う(もちろん完成度も異なるが)。そもそもドヴォルザークの初期弦楽四重奏曲は音楽史的にも見過ごされてきたところで、こうした若き挑戦というか、このジャンルにおいて革新的な取り組みをしていたという事実が埋もれがちである。なにしろドヴォルザーク自身は晩年、「素晴らしい音楽の世界に入ったとは思うが、私は今も昔のまま、シンプルなチェコの作曲家です」と語るほどに謙虚であり、ベートーヴェンやバルトークのような「カルテットの革命児」みたいなイメージとは程遠い。しかし、こんな若書きの大作があることにはやはり注意を払いたいところだ。


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Author: funapee(Twitter)
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