ラロ ピアノ三重奏曲第3番:音の煉瓦をそっと積み上げて

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ラロ ピアノ三重奏曲第3番 イ短調 作品26


ラロの室内楽作品が素晴らしいのでそのうち取り上げようと以前書いたのが2015年。6年半くらい経ってしまった。だいたい「そのうち書く」というのは書かないか、数年先になったりする。しかたない。世の中には素晴らしい音楽が多いから。2015年の記事でも、「音楽性が最も発揮されているのは室内楽」とか「ラロのオーケストラ作品を理解するには、彼の室内楽作品を聴けばよくわかる」というようなことを書いている。偉そうな言いぶりだな。こいつめ、かっこつけてやがる!


さて、このブログは有名作品よりもマイナーな作品について書くことの方が多いけれども、ラロについてはなぜか最も有名な「スペイン交響曲」を2009年に書いてから2015年にチェロ協奏曲について書き、そして今回はピアノ三重奏曲第3番と、実はオペラを除くラロの重要作品ばかり取り上げている。そう、このピアノ三重奏曲は、ラロの作品の中でも非常に重要な作品なのだ。まあ、個人の見解だけど……。
ラロの室内楽作品で主要なものは弦楽四重奏曲と3つのピアノ三重奏曲で、最初の2つのピアノ三重奏曲は1850年代初頭の作で、弦楽四重奏曲は1856年の作。今回取り上げるトリオ第3番は1880年の作品である。ラロは1892年に亡くなっているので、晩年の作品にあたる。ちなみに少し他の作曲家のピアノ三重奏曲の話をすると、ラロが最初の2曲を作曲する数年前に、シューマンが3つのトリオを書いており、1854年にブラームスの第1番、1864年にサン=サーンスの第1番があり、ラロが56歳で第3番を書いた1880年には18歳のドビュッシーがピアノ三重奏曲を書いている。僕の大好きな曲で
以前ブログにも取り上げたショーソンの曲はその翌年、1881年の作品だ。


ラロ個人の話をすると、キャリアの始めはヴァイオリン奏者と作曲家と両方をやっていたが、声楽曲や室内楽が思うように評価されず、ベルリオーズの演奏会に乗ったり友人ジュール・アルミノーらとカルテットを組んだりと、演奏活動が主だった。オペラでの成功が作曲家としての成功だった当時のフランスで、1866年、ラロは作曲賞に歌劇「フィエスク」を書き上げて応募するも落選。これは上演もされず、ラロは苦汁をなめることとなる。1872年の作曲したヴァイオリン協奏曲第1番が、1874年サラサーテが弾いて大成功、同年作曲し翌1875年にサラサーテによって初演されたスペイン交響曲で最大の成功を得て、ラロは作曲家としての地位を確固たるものにできた。
つまりピアノ三重奏曲第3番は、ラロが人気作曲家として認知されてからの作品であり、当然実力も伴っているわけで、フランスの室内楽界に大きな爪痕を残すことになった、そういう曲なのだ。なお1888年には歌劇「イスの王」でも大成功を収め、オペラでも評価されることとなった。


4楽章構成で、非常に明快な構造、メンデルスゾーンやシューマンの音楽を彷彿とさせる。ラロはリール音楽院を経てパリで学び、そこでフランソワ・アントワーヌ・アブネックに師事している。アブネックはベートーヴェンの交響曲をフランスのオーケストラに根付かせた音楽家であり、ベルリオーズやワーグナーがベートーヴェンを尊敬するようになったのはアブネックの影響と言われている。ラロの音楽性にも大いに影響を与えた。
1楽章Allegro appassionato、力強いイ短調の暗く悲しく美しい幕開け。楽器が対話しながら、徐々にダイナミックになっていく様はただならぬ説得力がある。長尺な歌ではなく、短い主題がレンガのように積み上がっていく。
2楽章Prestoは華麗なる激動のスケルツォ楽章。シューマンやブラームスを思わせる。トリオではピッツィカートの可憐さもまた良い。しかし穏やかさはあってもまったく気の抜けない緊張感がある。それにはピアノが一役買っているのだろう。
3楽章Très lent、この緩徐楽章が良い。ヴァイオリンとチェロが合わさった、息の長い旋律、これが本当に長い。長いのが良いのだ。草原か、海原か。穏やかで、少し悲しげな思いを乗せて、変化の少ない景色を漂っていると、徐々に感情を揺さぶられる劇的なシーンへと誘われるのだ。そして着実に、イ長調の終楽章へと向かっていくのである。
4楽章Allegro molto、まるで行進曲のような開始。このピアノの楽想はシューマンが思い浮かぶ。ここでお祭り騒ぎにならないあたりも大変素晴らしい。落ち着いていて、堂々としている、良いフィナーレだ。慈愛に満ちていると言ってもいい。良い音楽を聴いたなあと、心から満足できる。


ラロはヴァイオリニストでありピアニストでないことが、この曲のピアノパートの持つ不思議なシンフォニックさに関わっているのだと思う。変にこなれていないというか、ピアニスティックに過ぎないところが魅力のひとつでもある。また和声もカラフルだが、カラフルにすること自体が目的なっていないのがラロの卓越性だと思う。
もちろん他の2つのピアノ三重奏曲も良い作品なので聴いていただきたい。多くのクラシック音楽ファンが想像するいわゆる「フランスらしさ」を見出すことは、ラロの3つのピアノ三重奏曲からは難しいかもしれない。しかしフランス室内楽において、日本の音楽ファンが言うところの「フランスらしさ」なるものを持つ作品が生まれる土壌に多くの栄養を与え耕し、肥沃にしたのには、間違いなくラロの室内楽作品が大いに寄与したと言えるだろう。いや、むしろ耕すというより、堅固な土台を作ったと言った方が良いだろうか。前述の通りドビュッシーの若書きのトリオが同年だが、ラヴェル、フォーレ、ピエルネらのトリオが生まれるのはもう30年40年先の話だ。


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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