トゥリーナ ヴァイオリン・ソナタ第2番 作品82「ソナタ・エスパニョーラ」
十数年もやっていてブログ初登場となる、スペインの作曲家ホアキン・トゥリーナ(1882-1949)。トゥリーナはよく、彼よりももう少し名の知れた作曲家で「三角帽子」や「恋は魔術師」が有名なマヌエル・デ・ファリャ(1876-1946)と並べて紹介される。二人共アンダルシアに生まれ、マドリードで学び、パリを志向した作曲家だ。そういえばファリャもまだブログに書いていなかった。今度書かないと。
トゥリーナの伝記は読んだことがないが、ファリャの伝記には登場する。彼らはほぼ同時期、20世紀の初めから第一次世界大戦海戦までパリに滞在し、当時のパリの有名音楽家たちと交流し影響を受ける訳だが、同郷ということもあり二人で同じアパートに住んでいたそうだ。ただ、仲が良すぎて一緒にいると話してばかりで勉強にならないのでどちらかが出ようということになり、結局ファリャが引っ越すことに。引越し先の環境が良くなく、ファリャはまた別の場所に引っ越すのだが、トゥリーナが結婚して部屋を手放すことになったので、ファリャはトゥリーナの借りていた部屋に戻った。二人一緒に1914年にスペインに戻るまで、ファリャはトゥリーナのいたアパートで過ごしたそうだ。ドビュッシーは「ファリャはベートーヴェンより引っ越ししている」と言ったらしい。
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英語版 Gonzalo Armero (著, 編集), Jorge de Persia (著), Juan Perez De Ayala (編集), & 1 その他
そんな仲良しさんたち、共通するものの多いが、やはり音楽には違いもある。ファリャがデュカスに師事し、割と放任主義で好きにやらせてもらっていたのに対し、トゥリーナは厳格なダンディの元でフランク派の音楽を学んだ。
必然、ファリャの音楽が古典形式によるものではなく、もっと自由な形式だったり、あるいは舞台向きだったりする一方で、トゥリーナはスコラ・カントルムで学んだ伝統的な形式をきちんと再現した。そこにオリジナリティ、つまりスペインの民謡的な要素からのインスピレーションを活かして、アカデミックをポピュラーで中和したような作風となったのだ。トゥリーナにとって形式はそれ自体が目的ではなく、スペインの要素を処理するための手段として用いられているのは言うまでもない。なお、トゥリーナにスペインらしさを足すようアドバイスしたのはアルベニスだと言われている。
さて、そろそろ今回取り上げる曲、ヴァイオリン・ソナタ第2番「ソナタ・エスパニョーラ」の話をしよう。多作であるトゥリーナは室内楽作品も多く、それはやはり古典形式への敬愛があってのことだと思うが、ヴァイオリンとピアノのための作品もキャリアの初期から晩年に渡って作曲している。ソナタは2曲あり、第2番は1933年から1934年にかけて作られた。
実は同じ名前で番号のない「ソナタ・エスパニョーラ」というヴァイオリンとピアノのためのソナタがある。こちらは1908年、パリ留学時代の作品。スコラ・カントルムの伝統様式と、故郷スペインの要素、それをどう一つの音楽にまとめあげるのか葛藤していた時期で、トゥリーナはこの曲が完成した際に、アルベニスに宛てて「この曲はスペイン風なのか?どんな価値があるのか?私にはわかりません」と書いている。結局自身で「大衆的要素と学問的要素を入れたが、実際はどちらでもない完全な失敗作」として封印してしまった。なお現代では録音も多くあるので、若書きのスペイン風ソナタも聴いてみていただきたい。
それから四半世紀経って作られたヴァイオリン・ソナタ第2番「ソナタ・エスパニョーラ」は、音楽的にずっと成熟した作品で、彼の傑作の一つと言って文句ないだろう。トゥリーナ自身も「素材と展開の点で第1番より非常に優れている」と認めている。
第1楽章Lento、曲が始まった瞬間から強烈に香るスペイン、熱い、なんて情熱的なんだ。この序奏を臆面なく出してもなお、大衆音楽ではなく芸術音楽なのだと納得させる構成を持っているからこそ、トゥリーナも自画自賛できるのだろう。スペインのリズムを用いた自由な変奏曲で、この変奏曲という形式こそ、トゥリーナが辿り着いた民族的な要素を上手く扱うことができる古典形式の一つなのである。ピアノ・トリオでも用いられるし、第2ソナタとほぼ同時期にヴァイオリンとピアノのための「古典的な変奏曲」という単一楽章の曲を書いている。熱い序奏に続く主題、この主題そのものの美しさもさることながら、第1変奏でもスペインの香りは色濃い。8分の6と4分の3の連続で構成される「グアヒーラ」のリズム、これは現代ではキューバの伝統音楽として知られるが、起源はアンダルシアにあるとされる。トゥリーナの故郷だ。フラメンコでは「ペテネーラ」と言われるリズムである。第3変奏ではバスク地方の5拍子の民族舞踊「ソルツィーコ」のリズム。最後はちゃんと主題に戻る循環形式。
第2楽章Vivo、短く活発な音楽で、グラナダ地方のロマに典型的なフラメンコの「ザンブラ」というスタイルがモチーフになっている。クラシック音楽の伝統として言えば完全なスケルツォ楽章である。幾分唐突に終わるが、それは第3楽章Adagio-Allegro moderato、この楽章の初めに短い序奏を付けることでスムーズな切り替わりとなり、序奏から流れるようにフランク派の伝家の宝刀、循環形式で1楽章で序奏として使われた冒頭のあの熱いフレーズが回帰する。徹底している。再び燃え上がる。熱い。ファンダンゴとソナタ形式、朗々と歌うヴァイオリンと、熱いリズムを作るピアノ、胸が締め付けられるような美しさだ。ちなみに、この曲で用いられているスペイン風の主題は、どれも民謡ではなくトゥリーナの自作だそうだ。
スペインの音楽学者フェデリコ・ソペーニャは、「第2番は第1番のアカデミックな性格を越えて、聞き慣れた罠を上手く避けながら、最初から伝統的、描写的、そして個人的なものの幸福な調和を実現している」と評した。トゥリーナは若書きのソナタ・エスパニョーラを大衆性でも学問性でも失敗作としたが、こちらの方のソナタは両方の要素が互いをいっそう輝かせている。先人の積み重ねてきた伝統に個人の独自性をどう乗せるのか、トゥリーナの出した一つの答えがここにある。
【参考】
Armero, G., & Persia, J., Manuel de Falla: His life & Works, Omnibus Press, 1999.
Joaquín Turina: Integral de las sonatas para violín y piano.
David Peralta Alegre
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more