ロバート・ラッセル・ベネット ソング・ソナタ
ロバート・ラッセル・ベネット(1894-1981)の音楽は豊富に残されているにもかかわらず、楽曲の情報や解説というのはごく一部の作品に限られている。以前、祝賀交響曲「スティーブン・コリンズ・フォスター」で、彼の卓越したオーケストラの扱いについては書いたつもりなので、今度は室内楽曲を取り上げよう。なお、以前の記事でベネットの呼称についても書いているのでご一読ください。ここでもロバート・ラッセル・ベネットのことは以下ベネットと略す。
ソング・ソナタという名前だが、ヴァイオリンとピアノのための作品で、5楽章からなる十数分の長さの小品である。この曲についても非常に情報が少ないので、何か間違いがあったら申し訳ないのだが、ベネットの素晴らしい作品を啓蒙する責務は本来アメリカさんにあるはずなので、しっかり情報を出していってほしい。もう、頼むよ!
ベネットの室内楽作品はそう多くなく、また「ソナタ」と名がつく作品も少ない。実質これがほぼ唯一のヴァイオリン・ソナタということになる。1947年作曲。もっと若い頃に「ヴァイオリン・ソナタ」という名の曲を作っているようだが、いかんせん情報が少なくてはっきりしたことは不明。
5楽章構成と書いたが、ざっくり言うと緩-急-緩-急-緩という構造で、この中の2,3,4楽章のみ、有名なヴァイオリニスト、ヤッシャ・ハイフェッツが取り上げている。ハイフェッツは1955年2月16日、カーネギーホールでのリサイタルでこの3つの楽章を取り上げ、12月には録音も残した。聴いてみてもらえればわかるが、中間楽章3つだと急-緩-急で収まりもよく、また2楽章から始めることでハイフェッツらしい名人芸を手っ取り早くアピールすることもできた。
ベネットの自伝を参考に、彼とヴァイオリンに関する話をしよう。幼い頃、ピアノを母から、ヴァイオリンを父から学び、公私含め様々な場面で弾いてきたベネット。ハリウッドで働くようになってから演奏はあまりしていなかったようだが、ニューヨークにジョルジェ・エネスク(1881-1955)が来ていたときには、レッスンに通ったそうである。
ある晩、エネスクとベネットは一緒にベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの演奏を聴いた。終わったあと、ベネットは気になる点を質問しようと、2小節ほど紙に書き、エネスクに渡して質問した。エネスクは質問に答え、君が書いたのはベートーヴェン氏が書いたものとほんの少し異なると指摘した。しかも伴奏の方である。ベネットは母のピアノ伴奏でベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタをよく弾いていたが、自分が弾く裏でピアノがどう動いているかあまり意識しなかったことを反省し、同時にエネスクがそのような小さな間違いに気づくほど詳細に曲を覚えていることに驚いたそうだ。
そんなエネスクとの交流はベネットにとって幸福な時間だった。ヴァイオリニストのベンノ・レビノフ(1902-1975)と、ピアニストのシルヴィア・スミス(1913-2001)が、エネスクの部屋へ行って弾きましょうとベネットを誘った際は、ベネットは少し遅れて行った。レビノフはアウアーに師事し、アウアーの指揮でエルガーとチャイコフスキーの協奏曲を弾いてカーネギーホール・デビューした腕の立つ奏者で、とてもじゃないけど一緒に弾けるような人物ではなかったと感じていた。エネスクの指導の下、バッハのソナタを弾くレビノフ。楽譜も見ずに合わせて弾くエネスクは、弾きながら次々とフレーズやスタイルについて話し、曲が終わるまで話し続けたそうだ。
今度はベネットがバッハを披露する番、となる直前に、あるヴァイオリニストがフォーレを弾く約束になっていると訪れてきて、エネスクはフォーレのソナタのピアノ伴奏を弾きながら、とめどなく話し続けていたという。なおベンノ・レビノフとシルヴィア・スミスは後に結婚し、結婚の数年後にベネットが彼らに献呈した曲が、ソング・ソナタである。
そんなエネスクとのレッスンも、きっとこの曲に活かされているのだろう。そう思って聴くといっそう面白い。なお、ソング・ソナタという名前からどんな曲を想像するだろうか。やはりたっぷり歌うメロディ重視の音楽か。皆さんがこれを聞いてどんな風に感じるかはわからないけど、これは「ベネット的には」かなり歌っている方だと思う、というのが僕の正直な感想。
1楽章Quiet and Philosophic、美しいメロディかと思えば、急に少し不気味な響きが現れたり、高音で歌ったりピチカートが挟まったりと、とにかく忙しい。それでも静かに哲学的に、である。ショスタコーヴィチやプロコフィエフなんかを彷彿とさせる不気味さだが、やはりどこかアメリカの20世紀音楽らしい思わせるような、妙な懐っこさもある。
2楽章Belligerent、好戦的という意味。こんな指示のある曲を他に知らない。ピアノの激しい伴奏から始まり、ヴァイオリンも力強く歌う。非常に技巧的だ。テクニックを見せたい人にはもってこい。ハイフェッツがここから始めようと思ったのもわかる気がする。
3楽章Slow and lonely、哀愁漂う雰囲気。ピアノの和音は澄んだ響きを生む、そこに悲しいヴァイオリンの調べ。これは美しい。ソング・ソナタという名の面目躍如だ。
4楽章Madly Dancing、ただの舞曲ではなく、マッドリーとある。この楽章でも、力強さと技巧的な側面は相変わらず存在し、ハイフェッツがこの楽章でやめたくなる理由もわかる(そればっかりだな)。愉快でちょっと滑稽なメロディを歌うヴァイオリンの後ろで、すっとぼけたようなピアノが面白い。
5楽章Gracefully Strolling、先に「緩」と書いたが、実はそこまで緩徐楽章といった音楽でもない。しかし落ち着きがある。優雅な散歩とはまさにその通り、上品なヴァイオリンが美しい。少しずつ、色々な景色が見えるような楽しい音楽だ。
レビノフの録音は残っていないが、ベネットからヴァイオリン協奏曲や、数少ないヴァイオリンとピアノのデュオ曲である「ヘクサポーダ」を贈られているヴァイオリニスト、ルイス・カウフマン(1905-1994)の録音が残っている。カウフマンはベネット作品を録音したレコードに、次のような賛辞を付した。
「ラッセルは私が知る限り、最も才能ある音楽家の一人だ。本当に大きな才能の持ち主。私たちは1936年にユニバーサルスタジオで初めて会った。彼はジェローム・カーンのショー・ボートの映画版のオーケストレーションを担当し、そのセッションではコンサートマスターも務めていた。私たちはそれ以来の友人だ。この魅力的でエネルギッシュな驚くべき人物の友人でないなんて、ありえないだろう。彼の素晴らしいオーケストレーターとしての能力は伝説となっているが、それと同様に、この演奏がウィットと独創性に富んだ彼の作曲家としての素晴らしい能力に光を当てる助けになればと願っている」
僕の文章も少しでもベネットの才能に光を当てることの手助けができたら幸いだ。
【参考】
Bennett, R.R., & Ferencz, G.J., The Broadway Sound: The Autobiography and Selected Essays of Robert Russell Bennett, University of Rochester Press, 1999.
Thomas, T.,“Robert Russell Bennett.”Liner notes for Robert Russell Bennett, Citadel CT 6005.
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more