サティ 金の粉
エリック・サティ(1866-1925)の曲についてブログに書くのは久しぶりだ。2008年にジムノペディ、2010年に薔薇十字団のファンファーレ、それ以来となる。ブログを始めた頃から取り上げているだけあって、サティは昔から好きな作曲家だった。今でもいくつかの曲を聴くと、高校生の頃の通学の風景を思い出す。フィリップ・アントルモンのサティ作品集をよく聴いたものだ。ジュ・トゥ・ヴから始まり、続いて金の粉、3つのジムノペディへと続く。2008年のブログ記事にSonyのアントルモン盤を貼っているのは、思い入れ深い一枚だから。久しぶりに聴いているが、やはり素敵だ。
サティ:きみがほしい(期間生産限定盤)
フィリップ・アントルモン (アーティスト)
今回はピアノのためのワルツ「金の粉」を取り上げる。知名度ではジュ・トゥ・ヴに敵わないものの、金の粉も似たような雰囲気の美しいワルツ。好きな人も多いことだろう。
ジュ・トゥ・ヴやジムノペディ、まあグノシエンヌもそうかな、ライトな演奏家や音楽ファンに愛される作品もあれば、結構コアな演奏家や音楽評論家が好むパラードやルラーシュやソクラテスがあって、あとは小ネタとして重宝される変なタイトルの曲たちとヴェクサシオンがあって、他の曲は学者が現代音楽の祖として権威付けしてて……みたいなイメージ(適当)の中で、金の粉はジュ・トゥ・ヴなどと同じくくりだと思うが、どうもいまいち、目立たない気がする。というか、こうした19世紀末~20世紀初頭フランスのカフェ・コンセールの趣きを持つ音楽なら、もう圧倒的な傑作ジュ・トゥ・ヴがあるわけだから、わざわざ似たような金の粉を選ぶ必要がないわよねえ奥様、みたいなノリを感じてしまう。
実際に、ジュ・トゥ・ヴはピアノだけでなく、ありとあらゆる編成にアレンジされて演奏され録音されている一方、金の粉はほぼそうしたアレンジ録音がない。それでも多くのピアニストが「金の粉」を演奏したがるのは、ジュ・トゥ・ヴだけで満足しない、金の粉も弾きたいと思わせる独特の魅力があるからだろう。似たようなサティのワルツ曲にもう一つ「優しく」という曲があり、こちらはさらに目立たない。
ジュ・トゥ・ヴが1900年の作で、金の粉は1901年の作。一応ジュ・トゥ・ヴは歌物(シャンソン)だが、金の粉は純粋にワルツとして書かれている。「フランスのヨハン・シュトラウス」ことワルトトイフェルの作品を参考にしたそうだ。また金の粉は、サティ作品の中で数少ない、友人に献呈した作品でもある。音楽教師の娘で、モンマルトルでモデルを務めたステファニー・ナンタスに捧げられている。↓の絵画で描かれている女性がナンタスだ。もう一人の男性がサティ。描いたのはスペイン出身でパリに渡りモンマルトルで活動した画家、サンティアゴ・ルシニョールで、「ロマンス」というタイトルの作品。サティとナンタスの関係について深いことは不明である。この絵と「ロマンス」という題と色々勘ぐってしまいそうになるが、まあ常人の予想などサティという人物には通用しないだろう。
ジュ・トゥ・ヴのイントロを甘ったるい幕開けと言うならば、金の粉のイントロは低音のユニゾンで堂々としている。ニ長調の優しいメロディ、続いてト長調で少し気持ちを上向きに、再びニ長調に帰る。次いでトリオパートでは気分を変えるイ長調、そして最も甘美なメロディはホ長調で奏でられ、再びイ長調へ帰る。トリオパートが終わると始めのニ長調&ト長調の主題へ。ABA-CDC-ABAのスタンダードな当時のワルツらしい三部形式。最後のコーダのしつこさが面白い。もうワルツは終わりですよ、終わりですよ、終わり、終わり!と訴える。伝統的なワルツのパロディ、なのかもしれない。サティの有名なパロディ作品、干からびた胎児や官僚的なソナチネはもう少し後の作品だ。
何でもかんでもジュ・トゥ・ヴと比べればいいというものではないが、僕は昔からジュ・トゥ・ヴがいわゆる女性的で甘くて濃厚な愛の歌なのに対し、金の粉からは男性的な強さ、ガッチリした肉体のパワーをイメージしていた。力強いと言ってももちろん、あくまでベル・エポック的ワルツの枠組みの中で、ではあるが。だからタイトル通り、華やかで軽やかなピアノ演奏の解釈でも楽しめるし、重々しい演奏、つまり、あまりサティ的ないし、おフランス的でない演奏も似合うような気がする。まあアントルモンがそういう風な演奏に近いからかもしれないね。
「金の粉」は管弦楽版が先に存在したと書かれることもある。これは同名の別の曲だそうで、このワルツについてはピアノからオーケストラに編曲しようとしたサティのスケッチのみ残っている。なお、佐渡裕指揮ラムルー管によるオーケストラ版の録音が存在する。これ以外にはほぼ編曲録音はないので、貴重な音源だ。ぜひ聴いてみていただきたい。
そもそも金の粉(Poudre d’or)ってなんだろう。お化粧の粉も舞う賑やかな舞踏会と考えるのが正しいのかしら。金粉って、実物以外には、日本語では空気中でものがキラキラ光り輝くときの喩えとして使われる言葉だと思う。だから、聴くと眩い光が眼の前に広がるような演奏も良いでしょうね。僕は金の粉と言ったら、そうだな、あの日本酒に浮いてるやつしか出てこないな。やっぱりキュッとやってガツンと来る、骨太で美味な演奏も楽しみましょう。
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ジムノペディ〜サティ作品集
佐渡 裕 (アーティスト, 指揮), サティ (作曲), & 1 その他
エリック・サティ作品集
バルビエ(ジャン・ジョエル)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more