シューマン 夏の平穏:あの夏を忘れない、守りたいのはひとつ

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シューマン 夏の平穏 WoO 7

7月29日はシューマンの命日だった。たまたま、実家の母から「シューマンの花の曲を練習している」とLINEが来て、良い曲だよねとだけ返事しておいた。実際に良い曲だから仕方ない。せっかくだからロベルト繋がり、ロベルト・ジョルダーノの弾く「花の曲」の2006年録音を聴いた。

Robert Schumann : Arabeske, Humoreske, Blumenstuck, Faschingsschwank aus Wien, Drei Stucklein aus bunte Blatter
Roberto Giordano


母は実家でピアノ教室をやっていたが、もう年だし、田舎で子どもも少なくなったきたし、すでに引退している。余生はピアノを弾いて楽しもうと思っていたのに、転倒して小指の骨の砕けてしまった。手術してリハビリを頑張っており、以前と同様とはいかないものの、段々と動かせるようになってきたそうで、リハビリも兼ねて弾ける曲を弾いているのだそうだ。
シューマンはアマチュアも楽しめる器楽作品や歌曲作品が豊富にあって良い。今回取り上げる「夏の平穏」はデュエットのための声楽作品で、作品番号は付けられていないが、歌曲ファンには割とポピュラーな二重唱曲である。多分楽しんで歌うアマチュアも多いのではないだろうか。その辺の事情に詳しいわけではないけど。


この曲に作品番号が付かなかったのは、以下のような経緯がある。1849年、シューマンに歌曲の作曲を依頼したのは詩人のシャッド(Christian Konrad Schad, 1821-1871)。シャッドという人物はシューマンの11歳年下で、シェイクスピアの翻訳などを出版した詩人であり、その年のドイツ詩集年鑑(Deutscher Musenalmanach)の編集者であった。この詩集年鑑は1849年のクリスマスに「1850年号」として出版されるものだそうで、その付録としてシューマンに新作の書き下ろしを依頼したのだ。シューマンは手紙で「高名な詩人でも持ってくるのかしら」的なことをほのめかしたのだが、シャッドは自作詩を使うことを希望。編集者特権というやつだ。シャッドは以前にもシューマンに充てて詩集を送っていたのだが、シューマンはそれを紛失してしまい、年鑑に載せる予定の新作詩を送ってもらって大急ぎで作曲。11月にほんの数日で作曲したそうだ。
シャッドの新作詩の中からシューマンが選んだのがこの“Sommerruh”という詩。しかしシューマンは、まず出だしから大幅に改作し、あちこちカットした上にシューマン自身の作詩まで付け足している。シャッドはそれをどう思ったか不明だが、期限はギリギリだし、そのまま年鑑に載る運びとなった。話は変わるがマーラーがシューマンの交響曲のオーケストレーションを改変しまくったことは有名だけども、シューマンだって詩人に対して似たようなことをしているのだから、原理主義者たちはあまりマーラーを怒らないでやっても良いのではないか。
ともかく、こんな事情があったものだから、シューマンの死後、この曲をどう評価するかでブラームスとクララの間で争いがあったそうだ。ブラームスは高く評価するも、クララは曲集に入れるべきではないと反対。もしかするとシャッドとロベルトの間で何かしら揉めているのを、実はクララは目撃していたのかもしれない。その辺りの真実は不明である。クララが反対するほど悪い曲ではないのに……と誰しも思うような、本当に素敵な曲なのは違いない。歌詞と拙訳は以下。

Sommerruh, wie schön bist du!
Nachtigallenseelen tragen
Ihre weichen, süßen Klagen
Sich aus dunkeln Lauben zu,
Sommerruh, wie schön bist du!

Sommerruh, wie schön bist du!
Klare Glockenklänge klingen
Auf der Lüfte lauen Schwingen
Von der mondumblitzten Fluh,
Sommerruh, wie schön bist du!

Sommerruh, wie schön bist du!
Welch’ ein Leben, himmlisch Weben!
Engel durch die Lüfte schweben
Ihrer blauen Heimat zu.
Sommerruh, wie schön bist du!

夏の平穏、なんと美しいこと!
ナイチンゲールの魂が
暗い木陰から
甘く優しい嘆きを運ぶ
夏の平穏、なんと美しいこと!

夏の平穏、なんと美しいこと!
澄んだ鐘の音が
そよ風の翼に乗って
月明かりの断崖から鳴り響く
夏の平穏、なんと美しいこと!

夏の平穏、なんと美しいこと!
なんという活力、天国の織物!
天使たちは空を舞い
青い故郷へと向かう
夏の平穏、なんと美しいこと!


イ長調なのがまた良い。なんとも言えない緊張感の無さが表現される。テンポもNicht schnell、ゆらり漂う三連符のピアノが醸し出す雰囲気、そうだ、これが夏、夏の平穏なのだ。ああ、現代の日本ではほぼ感じられなくなってしまった、穏やかなる夏の魅力。それが短い作品の中に充満している。シューベルト風のシンプルな歌、美しいデュエットのハーモニー。夏はこんなにも良い季節だったなと思い出させてくれる。
“Sommerruh”は「夏の静けさ」や「夏の安らぎ」と訳していることもある。この柔らかな空気感は女声がとてもよく合う。記事冒頭に貼ったNAXOS盤ではソプラノのクリスティーネ・リボーと、アルトのヘンリエッテ・ゲッデが歌い、↓に貼ったHyperion盤ではソプラノのフェリシティ・ロットと、メゾのアン・マレイが歌っている。得も言われぬシューマン音楽の世界に浸れる。珍しいものとしては女声合唱の録音もある。テンポもなおゆったり、もちろんこれも絶妙だ。チェロ奏者のジュリアン・ロイド・ウェバーが編曲して、ジアシン・ロイド・ウェバーと二重奏で弾いた演奏もある。こちらは音域を活かし、楽しみの幅も広がる。DGにはフィッシャー=ディースカウとシュライアーによる録音があり、こちらはさすが巨匠たち、男声でもシューマンらしさが伝わる録音、素敵だ。
この曲を聴いて、猛烈な暑さと豪雨の苦しみをいっときでも忘れ、あの夏の平穏なる美しさを思い出そうじゃないか。

Schumann: The Complete Songs, Vol. 10

2台のチェロの物語(2台チェロのための作品集)
ジュリアン・ロイド・ウェバー

シューマン「女性合唱曲集」

Schumann The Masterworks


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