プッチーニ 太陽と愛(朝の歌)
2024年はプッチーニ没後100年。大好きな作曲家だが、オペラについて書くのは大変なのでこのブログではあまり登場しない。Twitterの方ではプッチーニのオペラについてもしばしば書いているので、それで許してほしいのだけど、今年は生誕200年のブルックナーの記事も書いたし、プッチーニと同じく没後100年のフォーレの記事も書いたので、やはりプッチーニもブログに何か書いておこうと思ったのだ。11月末になって滑り込み。もっと早く書こうと思い立っていれば、気合いを入れてオペラについて書くこともできたかもしれない。今年はチャンスだったなあ、ああもったいないことをした、と言いつつ、面倒なのを避けられて安心もしている(笑) ブルックナーとフォーレの記事もぜひ読んでください。
前回プッチーニについて書いたときは交響的前奏曲というオーケストラのための作品を取り上げた。今回は歌曲「太陽と愛」を取り上げよう。プッチーニの歌曲作品はどれも美しいメロディを持つ。そのプッチーニ最大の魅力を、オペラのような長大な作品ではなく、ほんの数分の短い時間で十分に楽しむことができるのが歌曲の良いところだ。
この「太陽と愛」(朝の歌)はプッチーニが1888年に作曲した歌曲で、作詞者は不明だがおそらくプッチーニ自身が詞も書いたと考えられている。Mattinata(セレナータと対になる朝の歌、マッティナータ)と副題にあり、愛しい人のいる家の外から、窓に向かって愛を歌う歌である。レオンカヴァッロのマッティナータはパバロッティがよく取り上げたので知っている人もいるだろう。プッチーニのマッティナータも実に美しい、可愛らしい音楽で、プッチーニも気に入っていたのだろうか、8年後、1896年に歌劇「ラ・ボエーム」でも転用している。第3幕のミミとロドルフォが別れを惜しむシーン、もう少し具体的に言うと、ロドルフォが「マジで終わり?行っちゃうの?」からのミミが「さようなら、甘い目覚めよ」(Addio, dolce svegliare alla mattina!)と歌い始める二重唱の部分である。この部分は後半になるとマルチェッロとムゼッタが加わってくるが、概ね前半がそのまま歌曲「太陽と愛」のメロディを転用している。
さて、歌曲の方の歌詞を紹介しよう。
Il sole allegramente
Batte ai tuoi vetri. Amor
Pian batte al tuo cuore,
E l’uno e l’altro chiama.
Il sole dice: O dormente,
Mostrati che sei bella.
Dice l’amor: Sorella,
Col tuo primo pensier pensa a chi t’ama!
Al Paganini, G.Puccini
太陽は陽気に
君の窓を叩く。愛は、
そっと君の心を叩き、
互いに語りかけるのだ。
太陽は言う 眠れるお嬢さん、
美しい姿を見せておくれ。
愛は言う シスター、
君を愛する人のことを一番に考えて!
パガニーニへ、G.プッチーニ
歌詞も大変可愛い。なお、歌詞の最後に“Al Paganini, G.Puccini”と付されており、そこにもちゃんとメロディが充てられている。ヴァイオリニストのニコロ・パガニーニ(1782-1840)に宛てたもの、と解説しているのもネット上で見かけたが、それだと説明不十分だろう。別にプッチーニがパガニーニに対して「お嬢さん、美しい姿を見せて」などと謎の求愛行動をしているわけではない(多分)。パガニーニ唯一の弟子と言われているカミッロ・シヴォリ(1815-1894)がジェノバで発行していた雑誌「パガニーニ」にこの曲を掲載するということで書いたもので、冒頭と同じ歌のメロディを最後に繰り返し、ラストワンフレーズをパガニーニに捧げた、という、まあ「粋なはからい」ってやつだ。
シンプルな愛の歌で、あまり詳しく解説するようなこともないのだけど、ラ・ボエームと比較するとちょっと面白い。ラ・ボエームでは悲しい別れの言葉が歌われるメロディだが、元は太陽と愛が朝に語りかけるという非常に爽やかな内容で歌われていたのだ。ピアノ伴奏で聴くと、オペラのようにねっとり歌い上げるのとはまた違い、さらっと流れていく爽やかで小気味良い魅力がある。また、ラ・ボエームの方ではミミとロドルフォの二人の掛け合いからハモリになって「冬の独りは寂しいけど春になれば太陽が友達になってくれる!」と熱唱する部分、具体的には“Mentre a primavera c’è compagno il sol!”と一番の盛り上がりを見せる部分のことだが、元の歌曲の方ではそこが歌ではなく、まさかの伴奏ピアノがメロディを奏でているのだ。というか、メインの歌詞はもうその部分の手前で終わっていて、最後に“Pensa!”(考えて!)と繰り返してから、オペラの方でクライマックスに当たる部分がピアノで穏やかに演奏される。この穏やかさ、さっと引く感じ、去り際の良さが朝の歌らしさだと思う。愛を込めて、熱い気持ちを込めながらも、優しく穏やかな声かけをして、さっと立ち去る。それで目覚めたお嬢さんが、これから素敵な一日を始める。まさに朝に相応しい軽さである。一方、そこで更にアクセルを踏み込んでもっともっと熱く熱く叫ぶのが、オペラの方の魅力というものだ。元を知っていると、ラ・ボエームの方では巧みに改変されたのだなと感心する。
女声でも男声でも、ピアノ伴奏でも管弦楽伴奏でも歌われているので、お好きなもので楽しんでください。記事冒頭に貼った音盤は(橋が気になる人は今月初めに書いたこちらを読んでね)、メゾ・ソプラノのジュリー・ナスララが、カロリーヌ・レオナルデッリの弾くハープ伴奏で歌っているもの。太陽、愛、朝とハープ、合わないわけがない!
カレーラス ~ ウィーン国立劇場コンサート (Jose Carreras ~ Live in Vienna)
Portrait: Kiri Te Kanawa
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more