モニューシュコ 弦楽四重奏曲第2番:また酒の話してる……

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モニューシュコ 弦楽四重奏曲第2番 ヘ長調

「ショパンを失った後、私に慰めを見出す愚か者がいても私のせいではないし、私はどんなヨーロッパ著名人の隣にも並びたいなどと決して思わない」と書いた、ショパンより9歳年下のポーランドの作曲家、スタニスワフ・モニューシュコ(1819-1872)。ポーランド歌劇の父と呼ばれ、国内では非常に愛された作曲家だが、国際的な知名度は当然ショパンに及ばない。シマノフスキは国際的なショパンとローカルのモニューシュコを比較して、20世紀ポーランド楽壇は安易な地域色を克服すべしとしたそうだ。シマノフスキの志向はともかく、モニューシュコが「自身はローカルでありたい」という思いを抱いていたのは本当なのだろう。そこに嫉妬や開き直りがどの程度含まれていたか不明だが、両者とも年代こそ近いものの活動時期もジャンルもあまりかぶらないので、モニューシュコの思いは純然たるものなのかもしれない。ポーランドの音楽学者Henryk Swolkieńは、ショパンは自らの世代よりも遥かに先を急ぎ、未来を見据えていたと指摘しており、一方でモニューシュコについては、ポーランド音楽とクラシックの伝統を統合して過去の様式を結晶化したのだと指摘している。


冒頭の「ショパンを失った~」という言葉はCDの解説から引用したものなので、何年何月の発言かわからないのだけど、ショパンは短命で1849年に39歳で亡くなっており、その当時モニューシュコは30歳。すでに作曲家として活動しており、歌劇「ハルカ」の初版初演を行ったばかりの頃である。この愛国的な歌劇が爆発的な成功を収めることとなるのはさらに10年後、1858年のこと。国家が分割され、実質ロシアの支配下にあったポーランドの人々の共感を呼んだこのオペラを皮切りに、モニューシュコはポーランド国民歌劇の父として名声を高めていく。


1819年生まれのモニューシュコは2019年が生誕200年であった。それに合わせて多くの作品の録音が行われ、その後も界隈ではちょっとした盛り上がりを見せていたように思うが、どうだったかな。マイナー作曲家を愛する僕は、実は結構早くから知っており、十何年か前にはモニューシュコ作品をいくつか聴いていたのだが、それから殆ど掘り下げることはなかった。うーん、今になってこのくらいプッシュされると知っていれば、もっと聴き漁って「昔から聴いてます」と古参アピールできたのになあ、残念だなあ。なんて、冗談はともかく、僕がモニューシュコを知ったのはご多分に漏れず歌劇「ハルカ」である。コンドラシン指揮ボリショイ劇場によるAprelevsky盤で、1950年代にソ連でこれをやった意味の大きさに驚くが、LP盤は稀少なのが惜しい……と思っていたらYouTubeにあったわ。もう、何でもあるんだよなあ(笑) 今は各種サブスクでも色々な演奏を聴けるので、ぜひハルカをはじめ他の作品も聴いてみていただきたい。
歌劇で成功を収めるてから、モニューシュコはワルシャワ音楽院の教授も務め、1872年に没する。ポーランドの人々は大いに悲しみ、政情的には「国葬」と呼べないのだろうが、それに近い規模の葬儀だったそうだ。葬列には10万人を超える人々が集まり、オーケストラはショパンの葬送行進曲を奏でたという。


今回紹介したいのは弦楽四重奏曲だ。歌劇の話はきっと誰かが書くでしょう、重要な作品だし。台本やら政治やらを絡めた詳細な日本語解説をどこかで読めることを信じて、僕はそういう意味では全くもって重要でない作品を取り上げよう。重要でない、なんて言うと怒られそうだが、その後の作曲家のキャリアにはあまり関係のない作品ではある。モニューシュコの弦楽四重奏曲は2曲あり、どちらも1839-40年頃、ベルリンで音楽を学んでいる時期の作と見られている。保守的な作風だし、また学生時代の若書きの作品ではあるが、どちらも個性的で面白い曲だと思う。
第1番はどうやら2012年にワルシャワ弦楽四重奏団が来日した際に武蔵野で演奏していたらしい。第1番も良い曲で、特に演奏会で単発で取り上げるだけなら第1番の方が使い勝手が良さそうだが、僕は第2番の方が好きなので今回は第2番の話。


ベルリン芸術アカデミーで学んだモニューシュコの師である、カール・フリードリヒ・ルンゲンハーゲン(1778-1851)から与えられた課題で弦楽四重奏曲を作曲したのではないかと見られている。ルンゲンハーゲンはベートーヴェンの8つ年下だが、バッハやヘンデルの音楽の復興に尽力した人物であり、音楽的にはガチガチの保守派である。その影響だと言い切ることはできないものの、この四重奏曲第2番の1楽章を聴けば、モニューシュコが古き良き時代のカルテット、師と同世代のベートーヴェンでも自身と同時期にカルテットを書いたシューマンでもなく、それよりももっと前の時代、モーツァルトやハイドンを想定しているのはわかるだろう。
でもちょっと8分音符のフレーズとか聴くとベートーヴェンっぽいんだよな。1楽章のフーガも聴きどころ。カルテットのフーガだからベートーヴェン云々という訳ではないし、あまり誰々っぽいとばかり言うのもおかしいだろうが、古典的な規範に則りつつ、程よく自身の個性の表出がある音楽。端正で品のある古典作品を愛好する者なら誰しも歓迎できる作風だろう。2楽章はアンダンテ、この楽章も実に美しい。和声の細やかな動きも面白いし、旋律もたっぷりと歌われていて満足感も大きい。この緩徐楽章と良い対比なのが3楽章、Baccanale monacaleという少し謎めいた指示がある。修道院のバッカナーレ、ということはビールの酒宴なのだろうか。前回のブラームスの記事に続いてまた酒宴の話書いてるよ(しかも前々回は修道院の音楽だし)、これは最近アルコール島戦記を書いていないせいで禁断症状が出ているのかもしれない、近々書くとしよう……それはともかく、ニ短調のアンダンテから愉快なスケルツォ楽章へ、結構な落差がある。古典派の雰囲気で聴いていると驚いてしまう大胆さだが、ロマン派だと思うとなんてことはないかもしれない。どんな酒宴を想像するべきか悩ましいが、少なくとも学生ノリではないことは確かだろうし、深い悲しみの後に涙を拭ってする献杯くらいが丁度いいのかしら。短い楽章だが、とても可愛らしくて洒脱(酒は脱しない)な音楽だ。4楽章のフィナーレもしっかり対位法的に始まり古風な雰囲気だが、古典派のよなフリしてちょっと違う面持ち、真面目そうな顔でいきなり猛スピードで駆け回るフレーズの連続。これも程よい逸脱である。終わり方もさり気ない。気づいたら終わっている。先生怒らなかったかしら。3楽章に続き4楽章でも若きモニューシュコのユーモアを味わえる。絶妙だ。
モニューシュコの代表作であるオペラとなるとちょっと長いので、まずは弦楽四重奏曲から、いかがでしょう。2曲とも20分弱の長さなので気軽に聴いてみてほしい。少なくとも第2番の方はビールを飲みながら聴くのが正しい鑑賞態度かもしれないので、個人的には強く強く推薦したい作品である。

Dobrzynski/Moniuszko: Quartets
Camerata Quartet


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