ゴルトベルク チェンバロ協奏曲 ニ短調:君の協奏曲をもっと弾いてくれ

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ゴルトベルク チェンバロ協奏曲 ニ短調

バッハの「ゴルトベルク変奏曲」でおなじみ、ヨハン・ゴットリープ・ゴルトベルク(1727-1756)のチェンバロ協奏曲を紹介しよう。おなじみと言っても、ゴルトベルクという名前以上のことは知らない音楽ファンも多いことだろう。現ポーランドのグダニスクに生まれ、バッハやその息子W.F.バッハに師事したと言われている作曲家、鍵盤奏者だ。鍵盤の腕前は当代随一のヴィルトゥオーゾだったそうで、バッハの支援者であったヘルマン・カール・フォン・カイザーリンク伯爵のお抱え奏者でもあった。不眠で悩む伯爵がバッハに変奏曲を依頼したのが「ゴルトベルク変奏曲」作曲のきっかけと言われている。
バッハ自身がこの変奏曲に「ゴルトベルク」の名を付けたわけではなく、おそらくゴルトベルクが伯爵に弾いてあげただろうという、そんな逸話(ほぼ想像だが)から後になって付けられた愛称である。伝記作家フォルケルの記述によると、伯爵は変奏曲を大変気に入って「私の変奏曲」と呼んでおり、「ゴルトベルクよ、私の変奏曲を一つ弾いてくれ」と呼びかける話が書かれている。変奏曲が作曲された当時のゴルトベルクはまだ14歳、それでもヴィルトゥオーゾならこの難しい変奏曲も弾けたかもしれない。ゴルトベルクの生涯についてはあまり詳しいことはわかっていないが、伯爵の元を離れた後も演奏や作曲を行っており、結核のため29歳の若さで亡くなっている。


フォルケルによれば、バッハはゴルトベルクのことを最も優秀な弟子の一人として認識していたという。しかしフォルケルは鍵盤奏者としてのゴルトベルクを高く評価する一方、作曲については低評価で、バッハの元で学んで書いたカンタータは師の影響が大きく作曲の才能は無いとしている。ゴルトベルクも自分の作品にあまり自信がなかったようで、多くの原稿を破棄したそうだ。だが現存するチェンバロ協奏曲は、さすがヴィルトゥオーゾの手によるもの、一聴の価値ある音楽である。古楽の普及と、ポーランドの演奏家たちの「バッハの愛弟子、我らが祖国の大先輩」という思いによる再興もあり、見直されてきている作曲家だ。先月ブログに書いたフライシュリヒのコーヒー・カンタータと同じMDGレーベルの企画「バルト海沿岸諸国の音楽シリーズ」でも取り上げられており、ポーランドの鍵盤奏者アリナ・ラトコフスカは2017年にチェンバロ協奏曲を録音。翌2018年にはChopin University Pressにゴルトベルクのハープシコード独奏曲全集を録音している。

Goldberg: Harpsichord Concertos
Goldberg Baroque Ensemble & Alina Ratkowska

Johann Gottlieb Goldberg: Complete Solo Harpsichord Works
Chopin University Press & Alina Ratkowska


協奏曲の作曲年は不明だが、活動した時期が短いので1740-50年代の作だろう。まだモーツァルトが生まれる前だ。この時期に作られたチェンバロ協奏曲としては最大級、非常に長い30分超えの大作である。大胆なコントラスト、はっきりした強弱に、創意工夫に富むテーマ、そして跳躍や高速パッセージなどの名人芸、それら全てが詰まっている。
1楽章の冒頭、付点のリズムで弾むようなこのユニゾンの大きな跳躍で、聴く者を一気に惹きつける。すぐさま対照的な第2主題、これも美しい。2楽章は緩徐楽章ラルゴ、この時期のスタイルで10分近くコンチェルトの緩徐楽章を聴くのはあまりない体験だろう。ちょっと体感時間が長く感じるかもしれないが、これはこれで面白い。3楽章も凄い、留まることを知らぬ勢いで駆け抜けるアレグロ・ディ・モルト。16分音符もこれだけ続けばハイになってくるというのは何時の時代も同じだろうが、リズムや和声の変化も良い塩梅で、ただ速い、ただ長いだけではない。この時代でベートーヴェン流のモアアンドモア精神が感じられる鍵盤の協奏曲はそうそうないのではないか。
もう1曲ある変ホ長調の協奏曲も30分近い大作だし、ニ短調協奏曲と同じく中身が濃い音楽である。やはりべらぼうに弾ける人が作った曲だなあと思わされる。この楽才、末恐ろしい。もっと長生きして、ハイドンやモーツァルトと関わっていたらどうだっただろう。ゴルトベルクよ、変奏曲ではなく、君の協奏曲をもっと弾いてくれ!

Goldberg: Complete Concertos für Harpsichord and Orchestra
ヴァルデマール・デーリング, Emil Tabakov & Sofia Chamber Soloist


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