ジャダン 夜想曲第1番:シャイなハートで駆け上る

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ジャダン 3つの夜想曲 第2集より 夜想曲第1番 イ短調

世の中にはオーケストラのファンやオペラのファン、あるいは弦楽四重奏やソリストのファンなど、クラシック音楽好きの中でもさらに細分化された領域がある。それらより少ないだろうが、「交響曲」や「協奏曲」や「ソナタ」のファンもいるし、多分「夜想曲」に特化した熱心なファンもいるんじゃないか。そういう人でもないと知らないようなマニアックな楽曲もたくさんあるわけだが、世間一般で最も知られる夜想曲となると、やっぱり、ショパンのノクターンかしら。あるいは夜想曲の祖とも言われるフィールドの作品や、ドビュッシーの管弦楽曲「3つの夜想曲」もよく知られているし、あと僕が個人的に大好きなのはフォーレの夜想曲だ。とても美しいのでぜひ聴いてほしい。他にも多くの夜想曲が存在し、とてもじゃないが全てを知り尽くすのは困難なこと。夜想曲ファンの人たちは多分、夜も寝ないで聴きまくっているに違いない。夜の音楽も良いものだけど、夜は寝た方が良いんだぞ。


なぜ今回は夜想曲なのかというと、前回の記事が「朝の歌」だったからである。もちろんそれだけではない。また一つ、知られざる名曲を紹介したい気持ちが湧き上がってきて……18世紀後半から19世紀前半、フランスで活躍した作曲家、ルイ=エマニュエル・ジャダン(1768-1853)の夜想曲を取り上げよう。モーツァルトより一回り年下で、ベートーヴェンの2つ年上だが、長生きしたためベルリオーズと同時代にも活躍している。ヴェルサイユの音楽一家に生まれ、父は宮廷楽士、弟のヤサント・ジャダンも作曲家だった。劇場や軍楽隊で勤務し、1802年にはパリ音楽院でピアノの教授になっている。僕はあまり詳しいことはわからないが、このジャダン兄弟は当時の吹奏楽の発展に寄与したとも伝えられている。実際、管楽器の発展も著しかった時代だ。兄ジャダンはピアノ作品のほか、オペラも多数書いているけれども、管楽器のための作品も多く作曲している。この夜想曲第1番も、オーボエとピアノのためのデュオで、1815年頃の作と見られている。


記事冒頭に貼った、フランスの巨匠オーボエ奏者、ジャック・ヴァンドヴィユのCD(2020年録音Arion盤)では、この曲は夜想曲第1番と表記されており、第2番と第3番も収録。調べたところ、ジャダンのオーボエとピアノのための夜想曲は6曲存在し、「3つの夜想曲」の第1集、第2集として出版されている中の、第2集の第1番イ短調の作品のことを指していた。通し番号を振るなら4番に該当する。まあ、まだまだそんな整理がされるほど多くの録音や実演があるわけではないようだが、今後増えたら表記が変わるかもしれない。クリストファー・パラメタ(ob)とオリヴィア・シャム(p)が19世紀のオリジナル楽器で演奏した録音では「夜想曲 イ短調」と書かれている。

Berlioz’s Lost Oboe: Early French Romantic Music for Oboe and Piano.
Christopher Palameta & Olivia Sham


ジャダンの6つの夜想曲はどれも当時よく知られていた歌の旋律を取ったものだそうで、一般ウケの良さを狙ったものだったと推察される。第1集の第3番には「モーツァルトのロマンス」と副題が付いている。また第1集、第2集とも、出版譜には作曲者としてもう一人シャルル・ガルニエ(1752-c1825)の名が添えられているが、このガルニエ宮で有名な建築家と同姓同名の作曲家については全くといって良いほど情報がないため、色々な記述を見ても常にスルーされているようである。もしかするとオーボエ奏者だったのかもしれない。なお、当時有名オーボエ奏者でパリ音楽院の教授を長く務めたギュスタヴ・ヴォーグト(1781-1870)が1822年にジャダンの夜想曲を何か1曲演奏したという記録がある。


夜想曲第1番イ短調には「主題と変奏」と副題があり、フランス民謡“O ma tendre Musette”(かわいいミュゼット)のメロディがテーマになっている。テーマの前にまず、開始はMaestosoの指示でピアノのアルペジオに乗ったオーボエが堂々と歌を披露する。アルペジオとメロディー、まさにジョン・フィールド式のノクターン音楽と言えよう。いや実際はフィールド作品とはだいぶ雰囲気違うけども。しっかりフォルテで、Aの音から始まる哀愁のあるオーボエの熱唱。オーボエはイ短調のメロディが最も似合う楽器と言えるかもしれない。胸を打つメロディーと華麗なピアノ伴奏、お互いの良いところ同士で直球勝負だ。
民謡の変奏曲という古典的で至極シンプルな構造で、オーボエもピアノも結構なテクニックを披露しており、聴いていて実に楽しい。基本は短調、素朴ながら少しセンチなメロディがオーボエの音色とよく合うのだけれど、後半で長調の変奏曲になるのもまた気分が変わって楽しませてくれる。最後は舞曲風、ポロネーズ風なのだろうか。ベートーヴェンの熱情ソナタの3楽章を彷彿とさせる。大興奮のノクチュルヌ。


ベルリオーズは『現代楽器法および管弦楽法大概論』で「オーボエは何よりも旋律的な楽器であり、田園的な性格を持ち、優しさに満ちている。シャイな性格だ、とすら言えるかもしれない」と書いた。ちょっとシャイだからこそ、ぐっと熱を込めた瞬間がたまらないという意味なら、僕もベルリオーズ先生に同意だなあ。寒い冬の夜に、熱いオーボエの夜想曲をぜひ。熱いコーヒーと、ドーナツでも食べながら聴いてくださいね。


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Author: funapee(Twitter)
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