ザルトリウス ミサ曲「主をたたえよ」:海風はチロルの山に……

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ザルトリウス ミサ曲「主をたたえよ」:海風はチロルの山に……


毎年夏になると避暑の音楽として、少しでも涼し気な音楽を聴いてブログ書いている。ここ数年は地中海の音楽を取り上げており、昨年8月に書いたドメニコーニの記事では、何年にどこの誰の曲を取り上げて避暑音楽としてブログ更新したかをちょっとまとめて書いていた。今年は6月にマルタの作曲家カミレーリの曲を取り上げ、早々に地中海行きを果たしている。

さて、今年の避暑音楽ブログ記事はというと、前回のサン=サーンスの記事でも那須に行った話をしているけれども、今回は海ではなく山にしてみようかと思う。いや、Twitterの方でも書いたように、那須に着いたら最初は涼しいなって思ったけどたまたまその日だけが涼しかっただけで、帰りに寄った千本松牧場とか地獄のような暑さだったからね、ちょっとやそっとじゃ避暑にならないんじゃないか……。まあでも、場所を選べば大丈夫のはずだ。今年は地中海から内陸へ向かい、アルプス山脈のチロル地方はどうでしょう。今日、2025年8月27日のインスブルックの最高気温は、なんと23℃です! やったぜ! 8月の平均最高気温は24℃だそうだ。涼しいんだなあ。さて、音楽を聴いて涼みましょう。多分あまり皆さんご存知ないと思いますが、後期ルネサンスの作曲家、パウル・ザルトリウス(1569-1609)の音楽を取り上げたい。


ハプスブルク家が神聖ローマ皇帝位を独占的に継承していた時代。ザルトリウスは神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世の子、マクシミリアン3世(1558-1618)の宮廷楽長兼オルガン奏者を務めた音楽家だ。マクシミリアン3世はドイツ騎士団総長(ホフマイスター)としても有名。1587年にポーランド継承戦争(有名な18世紀のではない)を起こして敗北している。
チロル大公フェルディナント2世(1529-1595)が亡くなると、チロル伯はマクシミリアン3世の兄、神聖ローマ皇帝ルドルフ2世(1552-1612)が継いだが、外オーストリアに君主がいないことを領主たちに宮廷で糾弾されたルドルフ2世は、弟であるマクシミリアン3世をチロル総督に任命する。マクシミリアン3世は、当時まだ未成年だった内オーストリア公フェルディナント2世(1578-1637, 後の神聖ローマ皇帝)の摂政として実務を担っていた。それから1618年に没するまで、生涯チロル総督を勤め上げたのである。

マクシミリアン3世(1558-1618)。画像掲載元:Wikipedia

幼い頃から宮廷でしっかりと音楽教育を受けたマクシミリアン3世。フェルディナント2世の摂政として務めたグラーツの地はハプスブルク家の宮廷の中でも音楽的に最も進んでいたと、上の音盤の解説で書かれていた。そこで多くのイタリアの音楽家たちと出会ったそうだ。マクシミリアン3世がグラーツにいたときの宮廷楽長はヴェネツィア生まれのトロンボーン奏者シモーネ・ガットという人物だった。


マクシミリアン3世がザルトリウスを宮廷音楽隊に迎えたのは1594年。ザルトリウスはニュルンベルクに生まれ、もとはパウル・シュナイダーという名だった。時期は不明だがラテン語由来の言葉で「仕立て屋」を意味するザルトリウス(Sartorius)という名を名乗るようになった。南チロルの作曲家、レオンハルト・レヒナー(1553-1606)に学び、またイタリア留学の経験もあり、パレストリーナをはじめ当時の著名な音楽家たちと交流したそうだ。作風にはそれらの影響が見られるという。詳しい生涯はわかっていないが、マクシミリアン3世と共にグラーツからインスブルックへと移り、1607年にヨハン・シュタットルマイアー(1580-1648)が楽長に任命されるまで、当地では最も名高い音楽家であった。各地に様々な宮廷音楽隊があった時代、中には楽長が自作を書かない(書かせてもらえない)こともあったそうだが、ザルトリウスは自作を書き残すことができた。領主の芸術に対する熱量の差もあるだろうし、ザルトリウスがそれだけ才能に溢れていたのも理由だ。


ミサ曲第3番はマクシミリアン3世に献呈されており、1600年にミュンヘンで出版されている。ともかく聴いてみてほしい。上のMusik Museum盤はミサ曲「主をたたえよ」を中心にして、合間合間にモテットやシュタットルマイアーの作品を挟んでいるが、なんて美しい音楽なんだろう。アルプスに避暑だのどうのこうのなんて、適当なことを言っているのが恥ずかしくなるほどである。
特にクレド、テキストに合わせたメロディとリズムの変化が実に面白い。言葉の意味によく合わせて考えられているのがわかる。重苦し過ぎることもなく、ときに対位法を駆使して複雑さも見られるが、基本的には常に上品。そして常に解放感があり、柔らかい風が優しく通り抜けていくかのようだ。
解説によるとパロディ・ミサで元ネタがあるようだけども、元ネタとなった「主をたたえよ」の作者は不明だそう。解説にはオラーツィオ・ヴェッキのヴィラネルが組み込まれているとかなんとか書いてあるが、その辺りは読んでもよく知らない情報なので割愛する。このミサ曲は8声だし、他にも10声や12声のモテットが含まれるのを見ると、やはり当時の歌、人間の声の音楽がどれほど豊かだったかを想像することができる。ガブリエリらによってヴェネツィアで隆盛を極めたコーリ・スペッツァーティは各地に大流行したというが、地中海の街ヴェネツィアから海風に乗ってチロルの山まで運ばれたのだと思うと感慨深い。いやいや、風に乗ってなんて失礼かな、運んだ音楽家たちに敬意を払おう。

チロルの音楽、と言ってしまうとちょっと違うかもしれないが、チロルにゆかりのある音楽として、ぜひ聴いてみていただきたい。ついつい、その辺の地域のことを考えると、刺繍に飾られた民族衣装や、ディアンドルを着てビールを両手いっぱいに抱えて運ぶ女性なんかを思い浮かべちゃうし、音楽であればヨーデルだったりアルプホルンだったり、あとはチロルと言えばワルツですね、そういうのを思い浮かべる。そうした、人々の日常に根付いた音楽はもちろん良いのだけど、たまには貴族の気分に浸るのも許してほしい。なんだって暑いんだから。最高気温35℃ならば迷わずビールだが、23℃なら優雅にワインでもいけるでしょう。宮廷の音楽を聴きながらチロルのワインを飲みたいものだ。
ザルトリウスは世俗歌曲も作ったようである。貴族だけでなく、色んな人が彼の音楽を歌ったかもしれない。また他の作品も聴いてみよう。

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Author: funapee(Twitter)
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