カミレーリ ピアノ協奏曲第1番「地中海」:マルタ島から来た男

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カミレーリ ピアノ協奏曲第1番「地中海」

クラシック音楽界隈で「マルタ」と言えば、日本でも有名なピアニスト、マルタ・アルゲリッチが最初に浮かぶという人がほとんどだろう。今回取り上げるのはマルタ共和国の国民的作曲家とも言える、チャールズ・カミレーリ(1931-2009)の作品である。

チャールズ・カミレーリ(1931-2009)。マルタには記念硬貨もある。画像掲載元:Global Coins

昨年末、Navonaレーベルが出している「マルタの管弦楽作品集」という音盤の第1集と第2集を聴いてツイートした。地中海の小さな島、東京23区の面積の約半分だというマルタ共和国にあるオーケストラ、マルタ・フィルの演奏だ。第1集はアルメニアのセルゲイ・スムバチャン指揮の2020年録音、第2集はクロアチアのミラン・ヴァウポティッチ指揮の2023年録音。現役のマルタの作曲家に焦点を当てている。

Contemporary Colours
New Music By Maltese Composers

Contemporary Colours Vol.2
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これはこれでなかなか面白かった。しかしマルタの作曲家と言えば欠かせないのがカミレーリ。久しぶりにNAXOS盤を聴いて、やはり良いなあと大満足し、ブログにも書こうと思ってTwitterで「今度ブログに書こう」とツイート。それから半年近く経ってしまった。宣言しないとブログに書き忘れるから、ちゃんと宣言しておいたのに、結局忘れちゃうんだもん、我ながら困ったものだ。
別に僕はカミレーリに詳しいわけでもなく、特に追っかけているわけでもないが、マルタ音楽集のような企画は近年ブームなのかしら、今年4月にはGrand Pianoレーベルから「20世紀マルタのピアノ作品集」というアルバムが出ており、そこにもカミレーリ作品が収録されている。僕はたまたま10年近く前に出たNAXOSのカミレーリ作品集(記事最後)を聴いて好きになっただけで、他の録音もさほど知らなかったけれど、サブスク配信で検索すれば今や多くのカミレーリ作品を気軽に聴くことができる。便利な時代だなあ。

Melita – Maltese Piano Music
Charlene Farrugia


色々聴いたり調べたりしてわかったのは、カミレーリの音楽性の変化とその幅の広さである。マルタ島で生まれ、幼い頃からアコーディオンとピアノを弾き、11歳で作曲を始めたカミレーリ。10代の頃は島の伝統音楽に影響を受けた音楽を数多く作った。18歳でオーストラリアへ移住し、次はロンドンへ移住。ライトミュージックの分野で指揮者やアレンジャーとして活動し、マルコム・アーノルドの助手を務め、1957年には映画「戦場にかける橋」の音楽制作もサポートした。翌年にはニューヨークを経てカナダへ移住。作曲家として軌道に乗ると1965年にロンドンへ戻り作曲活動に専念、1977年にはトロント王立音楽院の作曲科教授を務め、カナダではストラヴィンスキー、米国ではカーターやフェルドマン、ケージらとも交流。1983年にマルタへ戻り終の棲家とした。
初期はマルタの伝統音楽を取り入れた音楽、後にアフリカ/アラブ/インドの伝統音楽や実験音楽からも影響を受け、様々なジャンルの音楽、思想、宗教からもそのエッセンスを抽出して取り入れながら、自身の目指す「普遍的」スタイルを模索した。マルタ語のオラトリオやカンタータなどもあり、様々な編成・ジャンルの音楽を残している作曲家なのだ。
僕がNAXOS盤で聴いて魅了されたピアノ協奏曲第1番「地中海」などは後期ロマン派/国民楽派の延長線上にある音楽だが、他の作品を聴くと不協和音なども多く、初期作品よりもだいぶ尖っている印象。そちらの方を紹介して「カミレーリの本質は云々」みたいな話をしようと思いかけたのだが、よく考えてみれば「カミレーリの最も人気がある作品」と言われる、ある意味では前時代的なこのピアノ協奏曲第1番「地中海」でさえ、2015年に出たNAXOS盤と、もっと前のTalentレーベルの90年代の録音しかないので、やっぱりこっちにしようと決めた。逆張りして偉そうな話をするのは気分が良いのだけど(笑)、まずは「最も有名な」という形容詞が付きながら全く知られていない「代表作」をここで取り上げるのが先かなと思ったのだ。

カミレーリがピアノ協奏曲第1番「地中海」を作曲したのは1948年。17歳、これが初めてのオーケストラ作品だそうだ。作曲したきっかけは、ロンドンでサー・マルコム・サージェント指揮BBC響のコンサートを聴いたことだと自身で語っている。当時英国領だったマルタ島、英国の音楽やオーケストラとの関係も大きかっただろう。作曲から30年後、1978年に改訂しており、今録音で聴ける演奏はその改訂版である。
伝統的な3楽章構成。なおピアノ協奏曲第2番(1967-68)と第3番(1987)は単一楽章。まだロマン派までのピアノ協奏曲の枠組みを維持したこの第1番は、演奏時間も30分近くある大作だ。1楽章Allegro moderatoの冒頭から溢れ出る情緒、これに痺れる。出だしは肝心。はっきりしたリズムで機敏に動く第一主題、弦楽器は艶を生み、ピアノは輪郭線を強調、打楽器も勢いを加える。短調だが、そこに陽気さや活気も感じられる。つい短調だと悲しさと結びつけてしまいがちだけど、重々しさもなく、どこかカラッと乾いている。それが地中海の特徴なのかもしれない。と思えば、第二主題はぐっとテンポも落ち着き、深い陰影、非常にラフマニノフ的である。ただまあ、ラフマニノフ的というよりも、アディンセルのワルシャワ協奏曲のようなラフマニノフ協奏曲フォロワーの音だ。それでも明確に北や東の雰囲気だとは言い難い。ピアノの流れる音階や、たっぷり歌う弦楽からは、南欧のような地域色も見いだせるだろう。技巧的に過ぎない、攻撃的過ぎないと言ってもいいかな、そんなカデンツァも美しい。


ホルンから始まる2楽章Adagioも良い。ワーグナーやラヴェルの名曲ともまた違う、独特の角笛の趣き。こういう、常套句のようでいて少し違う音の扱いは聴いていて実に面白い。ピアノもそう。即興的である。ゆっくりじっくり伴奏するオーケストラの上に光の粒のような可憐なピアノが鳴るのは古典派ないしロマン派ピアノ協奏曲の緩徐楽章では決まり切った演出だが、この地中海協奏曲ではなんと言ったら良いのだろう……お高く止まっていないというか、逆にもっと気取りまくっているというか、本当に、独り海辺でギターを抱えて弾いている伊達男のようである。夏の夜に聴きたい音楽だ。
3楽章Allegro molto vivace、タランテラのような舞曲楽章の終曲。これ以上ふさわしい終楽章はないだろう。急緩急の伝統的協奏曲の最後、ひとしきり速い舞曲の後には猛烈にロマンティックなパートが挿入される、これがまた面白い。17歳、若気の至りと言われればそれまで。やり過ぎなほどに濃厚だ。カミレーリはサージェント指揮BBC響のコンサートで何を聴いて、どんな衝撃を受けたのだろうかと、色々想像してしまう。ラフマニノフか、チャイコフスキーか……もしかしてアランフェス協奏曲かな、なんて。伸びやかな弦楽が感情を揺さぶる、堂々たるロマン派路線だ。


古典的だが個性もある初期の作風の音楽も愉快で楽しいし、様々な影響を受けながらも自身のオリジナリティが見られる後期の音楽も面白い。異国情緒ある調性音楽が好きな方ならきっとこの地中海協奏曲を気に入ってもらえるだろう。もっと現代的な音楽がお好きな方もぜひ、カミレーリのルーツとも言えるこの曲を知った上で、他の作品を聴いてもらえたらいっそう楽しめるに違いない。この曲が「カミレーリの名刺代わり」と言うにしては、ちょっと宣材写真が若すぎるだろ(笑)、とツッコミを入れられそうだが、この曲を知った上で後の作品を聴くのとそうでないのとでは大違いではなかろうか。

チャールズ・カミレーリ:ピアノ協奏曲「地中海」他


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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