アルベロ レセルカータ、フーガとソナタ集
有名な作曲家なら大体は登場しているこのブログで、知名度があるのにまだ登場していない作曲家としてドメニコ・スカルラッティがいる。特に理由はない。普通に聴くし好きだけど、タイミングがなかったと言えば良いのだろうか。僕が高校生の頃まで習っていたピアノの先生がスカルラッティをあまり好きでなく、つまらないと言っていたので、そんな影響もあってか僕もスカルラッティを愛聴するのがちょっと遅れたのもあると思う。子どもの頃は影響を受けやすいものだ。
このままスカルラッティの話題にしたら良いんだけど、今回は違う話。スカルラッティと同じ時代にマドリードで活躍した、セバスティアン・デ・アルベロ(1722-1756)の作品についてである。スカルラッティは1685年生まれでだいぶ年長だが、アルベロもスカルラッティも同じ時期にマドリード王宮の音楽家として仕えた。
アルベロの簡単な生涯や、残っている音楽を紹介しようと思っていたのだけど、2014年、もう10年以上前に川口成彦さんがブログで紹介していた。僕がもっとダラダラと適当に書こうと思った話と同じ内容がきちんとコンパクトにまとまって書かれているので、ぜひ読んでください。
もう↑で十分かな、書くことなくなってしまった……。鍵盤のための2つの曲集、ヴェネツィアの図書館に所蔵されている30曲のソナタ集と、マドリード音楽院所蔵のクラヴィコルディオまたはピアノフォルテのための作品集があるというのは、川口さんのブログ記事にある通り。僕がアルベロを知ったのは↓のマリオ・ラスキンの弾くソナタ集が最初だ。2020年録音。このアルバムには15曲入っている。同じ調のソナタが2曲ずつ続き、15曲目にフーガ。ラスキンのアルバムには入っていないが、同じ構成の15曲セットがもう1つあり、計30曲の曲集をなす。この30曲のソナタ集が非常にスカルラッティ風である。アルベロがスカルラッティの影響を受けたのか、わからないけど、多分こういうのが彼らが仕えたスペイン王族たちの好みだったのではないだろうか。ともかく知らない人がアルベロのソナタを聴いたらスカルラッティのソナタだと思うだろう。リズムの扱い方がよく似ている。打楽器的と言ったら良いのかしら。ニ長調のソナタ第3番など顕著だ。18世紀スペインの貴族になった気分で聴くと良いだろう。
探してみたら、もっと前からアルベロのソナタ集の録音があった。BIS盤は1993年録音、チェンバロ演奏はジョセフ・ペイン。ラスキンに比べるとだいぶゆっくり。どちらがより当時の王宮での演奏に近いのか僕にはわからない。でも断然、ラスキンの方が生き生きしていて好きだ。このBIS盤はラスキンが弾いたのと同じ15曲の中の14曲に加えて、新しく見つかったというソナタも入っている。マドリード音楽院蔵で、スカルラッティと誤記されている、と解説には書かれている。この曲が他の奏者によって録音されていないので、本当に誤記だったのかどうかも確かめられない。まあアルベロがスカルラッティと間違えられるというのは、昔からよくあることだったのだろう。
1996年リリースのHungaroton盤では、30曲全てのソナタが録音されている。ソナタ集全曲をまとめた録音はこれが唯一かな? 貴重な全集だ。チェンバロ演奏はアニコ・ホルヴァート。
スカルラッティ風だけど少し味の違うアルベロのソナタ集、とても面白い。これをスカルラッティらの作品と一緒に抜粋してまとめたアルバムもいくつかあり、色々比べて楽しめて良いのだけど、僕はもう一つ方のの曲集「クラヴィコルディオまたはピアノフォルテのための作品集」の音楽を推したい。レセルカータ、フーガとソナタという、3曲が1セットになった作品が6つ。記事冒頭のBrilliant Classicsの音盤が6つ揃った唯一の録音である。チェンバロ演奏はアレハンドロ・カサル。
先の小品集のようなソナタ30曲と異なり、こちらは長大なフーガが特徴だ。中には10分を超えるようなフーガもある。フーガの前にレセルカータ、これはリチェルカーレと同義。ルネサンス音楽でよく用いられる言葉で、18世紀には廃れていたが、ここでは即興的な前奏曲のような意味合いの曲として登場する。IMSLPで楽譜が見られるけれども、小節線がなく、冒頭にad libitumの指示もある。自由な形式の前奏曲と、骨のあるフーガ、そしてまとめのソナタ、という感じかしら。アルベロはフランスに隣接するナバラの生まれで、スペイン色のあるソナタ集に対してこちらはフランスの影響も見られると、どこかの記述にあった。この時代のスペインの音楽で、このようなフーガは他にあるのだろうか。ちょっとフーガだけでも聞いてみてほしい。何を思ってこんな曲(失礼)を書いたのか……宮廷の楽しみではあるまい。ちょっと飽きるくらい長いフーガである。Brilliantのカサルのテンポが遅めなのもあるだろう。↓のシュタイアーの演奏で聴くと、快速で奏でられるフーガでなんとも楽しい。やっぱりラスキンのソナタ演奏のように、生き生きと軽やかに弾くと楽しいんだなあ、スペインだしな、カリエンテつまり熱い演奏が良いのだ。と思ったりもしたが、本当にそうだろうか。 宮廷の楽しみとして書かれたであろうソナタならそうかもしれないが、こちらはどうだろう。難しい顔して厳格なスタイルの演奏を石の上で三年聴いていると、何か新しい世界が開けるものかもしれない。
6曲全てをまとめた録音がまだBrilliantのものしかない。これからに期待だ。今のところ、アルベロ作品は「スペインのチェンバロ音楽」とか「18世紀のスペインの鍵盤作品集」のようなアルバムに抜粋して入るのが普通で、実際イレーネ・ロルダンという若いチェンバロ奏者の今年リリースした新譜“Scarlatti and Beyond”でも「レセルカータ、フーガとソナタ」が1曲選ばれている。この演奏がとても良い。こうした試みから、6曲全てを再解釈する試みへと繋がってほしいものだ。ちょっと趣向は違うかもしれないが、Juan Ignacio Fernández Moralesという奏者はモダンピアノでアルベロ作品を演奏しYouTubeにアップしている。これはこれで興味深い。長大なフーガこそモダンピアノの力の見せ所だと言わんばかり。そもそも「レセルカータ、フーガとソナタ」という組み合わせ自体、ある意味では時代を超越しているのではないか。
レセルカータ、あるいはリチェルカーレという言葉の語源は「探し求める」という意味だそうだ。英語のリサーチ。後に続く音楽を探すための前奏曲ということで、レセルカータに続くこの壮大なフーガの真意を探求してみたい。スペインの画家、パブロ・ピカソは「探し求めるのではない、見出すのだ」という名言を残している。そんな、探究させてください……! どの演奏が良いかなあと、あれこれ聴き比べるのも良いけど、よくわからんと思った演奏を聴き続けていると、あるとき突然、新しい発見があったりするもの。これからも折を見て聴き続けていきたい。でもやっぱりさ、この曲の全集録音がBrilliantのカサルのしかないってのは、まだ探求すら満足にされていないってことじゃない? スカルラッティくらい膨大なレコーディングがあると、探求は十二分ですよって気もしてくるけど。アルベロのフーガ、もっともっと探っていけると思うなあ!

都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more