ソロ ヴァイオリン・ソナタ第1番 ニ短調
前回の記事では、夏が暑すぎて爽やかな曲を聴きたくなったとテデスコの「地中海前奏曲」について書いた。暑すぎたのも、爽やかなのを求めたのも本当のことだが、実際のところはそれ以外も色々聴きまくっているので、暑い暑い日に熱い熱い曲だって聴いている。ということで、今度は熱い曲について書いておこう。チリの作曲家、エンリケ・ソロ(1884-1954)のヴァイオリン・ソナタ。今年初めて知って良い曲だなあと感動した曲の一つだ。
チリの大都市コンセプシオン出身、父はイタリアからの移民で音楽家だったため、幼い頃から音楽の英才教育を受け、地元では神童扱いだったそうだ。1898年には政府の奨学金を得てミラノ音楽院に留学。1904年に卒業して帰国すると、チリの国立音楽院で教職を務める。後に院長にもなり、多くの後進を育てた。またヨーロッパでも活動し、プッチーニやマスカーニ、サン=サーンスやラヴェルらと交流。1922年にはベルリン・フィルでソロ作品のみの演奏会も開催されたとのこと。1954年に亡くなるまで、作曲家、指揮者、ピアニスト、教育者としてチリ音楽界に多大なる貢献をした、20世紀チリの巨匠である。
今回取り上げるヴァイオリン・ソナタ第1番は1903年の作。音楽院留学時代の作品だ。初演は1903年6月12日、当時の作曲科ガエターノ・コロナーロ教授のクラスで行われた。ヴァイオリンの教授とピアノの生徒による演奏。ソロは帰国後も何度かこの曲を取り上げたそうだが、はっきりしたことは不明。ソロは1914年にソナタ第2番イ短調を作曲し、そちらの方はシャーマー社から出版されている。第1番は今でも未出版。長く忘れ去られていたが、2016年にYvanka MilosevicとAlexandros Jusakosが手稿を元に楽譜を作り復刻演奏。これも一応録音されているようだが、商業録音としての世界初録音は2019年、ジェローム・シモン(vn)とシャルル・ラヴォー(p)のLe Chant de Linosレーベルから出ており、各種配信でも聴ける(記事最初の画像リンクのもの)。第1番と第2番と両方録音されている。
僕が知ったのはルベン・ダリオ・レイナのアルバム“Iberoamérica Desde Dentro”(ラテンアメリカの内側から)、2022年録音。大好きなグラナドスのヴァイオリン・ソナタの新録音を聴きたくてアルバムを聴いていて出会ったのだ。
【今聴いています】7月27日はグラナドスの誕生日🥰 僕の大好きなヴァイオリン・ソナタの新録音が出ました! コロンビアの奏者、ルベン・ダリオ・レイナが弾く2022年録音。アルバム・タイトルは“Iberoamérica Desde Dentro”、「ラテンアメリカの内側から」かな😉#imakiiteiruhttps://t.co/hRZML3KkY9 pic.twitter.com/zKKXYeEg8q
— ボクノオンガク (@bokunoongaku) July 27, 2023
1903年というと、室内楽ではラヴェルの弦楽四重奏曲、ヴァイオリン・ソナタならアイヴズの1番やバルトークの初期のソナタなどと同じ作曲年である。今名前を出したようないわば全人的な作曲家よりも古風な音楽で、ロマン派音楽ど真ん中という趣き。ソロは民謡素材による音楽をあまり書いていないそうだけど、このソナタからも国民楽派と言って良さそうな情緒を聴き取ることもできる。ヴァイオリン・ソナタ第1番は3楽章構成、20分ほどの長さ。
第1楽章Allegro ma non troppo、開始のヴァイオリンのメランコリックな雰囲気がとても良い。開始の瞬間でグッと心惹かれる、こういうのが好きだ。常に何かしらの小さな変化が連続しており、あまり落ち着かないというか、ちょっと不安な気持ちにさせるというか、ソワソワするような。ソワソワがドキドキになったり、情熱や憧憬が憂鬱に勝ったりする、これこそがロマンティシズム、なのかしら。構成はしっかりソナタで、音楽の進み方も良いし、終わり方も絶妙だ。
根っこはメンデルスゾーンにあって、でもフランクのソナタが大きく影響して……そんな雰囲気の第1楽章に続く第2楽章Andante sostenuto、緩徐楽章、非常に美しい。ロマン派音楽の緩徐楽章の持つ魅力としては、ショパンやラフマニノフのピアノ協奏曲に引けを取らないだろう。熱い熱い、満ちる情感、チャイコフスキーの面影さえ見えてくる。ヴァイオリンとピアノがユニゾンになる瞬間は震えるほどに美しい。ピアノが主になる部分もメインのヴァイオリンのメロディに負けじと綺麗だし、楽章内の静と動のコントラストも良い。何より、この美しい歌が途切れないのが堪らない。
第3楽章Allegro、ピアノの序奏が格好良い。さすがはピアニストとしても活動したソロ。曲の全体を通してみてもピアノが素敵だ。フィナーレのアレグロ楽章、ここでは激情に駆られるというより、堂々とした終曲の雰囲気。ヴァイオリンとピアノのための組曲や舞曲集的な性格の音楽ではなく、これは確固たる伝統的ソナタなのだと説得させられる。密度の高い音楽で、良いソナタを十二分に満喫した聴後感。
真夏に聴く熱い音楽も悪くないけど、やっと少し涼しくなってきたので、熱い音楽も受け入れやすいかもしれない。「夕涼み」も夏が暑すぎると気温が下がらず涼めないし、秋の夕方にでも聴くと、こういう熱い熱い音楽も心地よく聴けると思う。いい季節になってきた、音楽を楽しもう。
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more