レブレヒトのウィーン・フィル批判 その後

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ウィーン・フィル / ヨハン・シュトラウス、ベスト・オブ・ワルツ&ポルカ


2014年の年末から2015年の年始にかけて、音楽評論家のノーマン・レブレヒト氏が、ウィーン・フィルに対して猛烈に批判をしていたのが面白かったので、このブログに少しまとめた。そのときの記事は以下のリンクからご確認いただきたい。 


レブレヒトのウィーン・フィル「ニューイヤーコンサート」批判(前編)
レブレヒトのウィーン・フィル「ニューイヤーコンサート」批判(後編) 


上の記事のレブレヒトの主張を簡単にまとめると、「ウィーン・フィルは人種差別主義、女性差別主義、エリート主義、意地悪で卑劣なウィーン気質を、ニューイヤーコンサートという世界中のテレビを盛り上げる楽しい番組を使って隠蔽しようとしている!」「しかもナチとの関連も隠蔽しようとしている!卑怯者が!」というもので、まあウィーン・フィルとしては触れられたくないところだろうし、音楽ファンも一部のアカデミックな方々が喜びそうな話題であること以外、特に誰も得をすることもなさそうな内容だが、音楽は全ての人にとって自由で開かれたものであり、それは保守的な態度を貫いてきたウィーンのクラシック音楽団体にも当然言えることだと信じてやまない方々にとっては、非常に重要な問題であろう。確かに、ウィーン・フィルを愛し、自分もその一員になりたいと思うウィーンっ子以外の人たちは、現代という自由平等が正義そのものであるかのような世界では、閉鎖的な伝統の前に悔し涙を流す人もいるだろう。音楽の腕には自信があっても、人種や性別で自分の望むキャリアを手にすることができないのは不条理だと考えるのが一般的である。


レブレヒトのそんな批評を見てから、今後も氏の言動に注目しよう!と、思ったのはそのときだけで、結局すぐに忘れてこの件を1年間すっかり放置してしまっていた。そしてまた再びこの季節がやって来て、そういえば今度のニューイヤーコンサートについては、レブレヒト氏はどう考えてるのだろうかと思い、ちらっと氏のブログを確認してみると、どうやら昨年ほど怒りに燃えている様子もなく、むしろ評価しているような記事を更新している。どうやらウィーン・フィルに対する過激派の批評家先生が「注目すべき進歩」があったとお認めになったというのだ。(レブレヒトのブログ元記事→ Vienna Phil’s Fiercest Critic Admits “Notable Progress”


噂の過激派(?)批評家、ウィリアム・オズボーンは、過去10年ほどに渡り、ウィーン・フィルのジェンダーや人種差別主義を監視し続けてきた人物らしいが、そのオズボーン氏が、ウィーン・フィルが良い方向に変化してきたと報告しているのだそうだ。オズボーン氏によれば、ここ3年でウィーン国立歌劇場管&ウィーン・フィルの女性団員がグッと増えて、歌劇場管では14名にのぼり、うち10名がフィルハーモニーに入団しているという。


特に2012年から2015年の間は変化の大きい期間だった。国立歌劇場管には3人の女性ヴァイオリニストが加わっているし、最近では女性の主席ファゴット奏者がオーディションを通過して入団したのは記憶に新しい。新入団員はみな国際コンクールの優勝者や、ソリストとして世界でバリバリ活躍している奏者ばかりで、相変わらずその選考基準は高いままだし、やはり何より主席奏者が女性というのが非常にレアケースだ。例えばシカゴ響にしたって、歴代の主席奏者で女性というのは2名しかいないらしい。以下がここ3年で加わった女性団員である。


アリーナ・ピンカス(Alina Pinchas, 第1ヴァイオリン、2013年)
アデラ・フラジネアヌ(Adela Frasineanu, 第2ヴァイオリン、2014年)
エカテリーナ・フロローヴァ(Ekaterina Frolova, 第1ヴァイオリン、2015年)
ソフィー・ダルティガロング(Sophie Dartigalongue, 主席ファゴット、2015年)


さらに、2010年から2012年に国立歌劇場管に入団した3名の女性奏者が、新しくフィルハーモニーに、つまりウィーン・フィルへの入団が決まった。以下のメンバーである。


アンネレーン・レナエルツ(Anneleen Lenaerts, ハープ、2014年)
カリン・ボネリー(Karin Bonelli, フルート、2015年)
パトリーツィア・コル(Patricia Koll, ヴァイオリン、2015年)


より詳しいデータはウィリアム・オズボーン氏のサイトにあるので、興味の湧いた方はぜひご参照願いたい(リンクは→Vienna Philharmonic Update 2015:   Some Notable Progress for Women, But a Blind Eye to the Exclusion of Asians)。女人禁制だった頃に比べれば、これは驚くべき進歩だろう(もちろん、これを進歩と捉える人にとっては)。そもそも、ここ3年で大いなる進歩があったと言うのなら、去年レブレヒト氏が怒り狂っていたのはお門違いじゃないか?という疑問は、僕は優しいので気にしないでおいてあげよう。ちなみに、このオズボーン氏のページ、女性奏者の人数の他に、アジア人への差別は続いているぞ!という糾弾と、ウィーン・フィルがナチとの歴史を認めたぞ!という、鬼の首を取ったような報告も載っているので、気が向いたらまたここで検討してみたいと思う。しかしまあ、このウィーン・フィルの変化をこうも安直に「進歩」(Progress)と言える音楽評論家たちの進歩史観というか楽観主義には恐れ入りますね、いやはや天晴れです。およそ古典音楽の愛好家とは思えないほど、時代の流れやその変化に二つ返事で応じるのがお好きな方々で、進歩と破壊を同義に捉えている高尚な精神をお持ちだなあと、心より脱帽します。なるほど音楽史は、ベートーヴェンしかりシェーンベルクしかり、破壊と創造の歴史ですが、そういう革命家たちの顔色ばかりうかがって、本当に大切なものを壊してしまうことのないようにしてもらいたいものです(これは批評家にではなく、むしろフィルハーモニーに言った方がいいのかもしれませんが)。こうしてウィーンが伝統と地域性を捨てて、インターナショナライズしていくことが、音楽にとって真のより良い進歩であることを、お茶でも飲みながら祈りましょうかね。まあせいぜい、壊れ過ぎる前に楽しんでおくしかないなあと、僕は日々思うのであります。

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