Lautenklavierで弾くバッハ

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バッハほど、たくさんの編曲や様々な楽器による演奏が存在する作曲家もそういないのではないだろうか。このブログでも、もうだいぶ前になるが、バッハのジャズアレンジで有名なジャック・ルーシェ・トリオについて番外編という形で取り上げた。今回もこの記事を書こうと思ったきっかけは、たまたまアコーディオン編曲のゴルトベルク変奏曲を聴いたからである。楽器の壁やジャンルを超えて多くのミュージシャンに愛される音楽の父、さすが懐が深い。


僕がこのラウテンクラヴィーアという謎の楽器によるバッハ作品の録音を初めて知ったときも、へーよく知らないけどやっぱりバッハは色々な楽器で演奏されるもんだなあ、なんてのんきなことを思ったものだが、よくよく調べて見るとこれはどうやら古楽器の一種で、しかもバッハ自身が非常に愛好し所有した楽器だそうだ。


ラウテンクラヴィーア(Lautenklavier)、ラウテンヴェルク、テオルベンフリューゲル、リュートハープシコードとも呼ばれ(それぞれ微妙に異なるところもありますが、ここでは一応ひとくくりにしておきます)、名前でぱっと見た目をイメージしやすいのは「リュートハープシコード」かしら。ハープシコード(チェンバロ)な鍵盤楽器を想像してもらって、そこにリュートのようなガット弦を張った楽器で、いわば鍵盤で弾くリュートのような楽器だ。以下の参考画像を見てもらえると、形としてはよくあるバロックの鍵盤楽器という感じだが、ディテールは異なる。



バッハのリュート組曲BWV996は、そもそもリュートではなくラウテンクラヴィーアで演奏されるために書かれたとも言われている。バッハはこれを2台持っていたと記録こそあるものの、当時の楽器は現代には残っておらず、今あるものは全て復元されたものだ。ということで、ラウテンクラヴィーアで弾くバッハ作品の録音をいくつか紹介していこう。

Lautenklavierで弾くバッハのオススメ音盤

Bach:Works for Lute Harpsichor

演奏:ロバート・ヒル
Hänssler Classic CD92.109
(1998年9月28-30日、フライブルク セルデン 聖フィデス&マルクス教会録音)
前奏曲 ハ短調 BWV999
前奏曲とファンタジア ハ短調 BWV921, BWV1121
前奏曲、フーガとアレグロ 変ホ長調 BWV998
リュート組曲 ホ短調 BWV996
幻想曲とフゲッタ ニ長調 BWV908
幻想曲とフゲッタ 変ロ長調 BWV907
組曲 ヘ短調 BWV823
リュート組曲 ハ短調 BWV997
 初めて聴いたラウテンクラヴィーアによるバッハ。マンチェスターのキース・ヒル製作(1994年)の楽器を用いている。硬質な響きでギターに近い。正直これを聴いたときは、そんなに引っかかることもなく、「ふーん」くらいで流してしまったのだが、今になって聴けば味わいもわかるというもの。


演奏:クリスティアーノ・ジャコッテ
SAPHIR 830.850
(1987年9月録音)
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番 ホ長調 BWV1006
バッハ リュート組曲 ホ短調 BWV996
バッハ リュート組曲 ト短調 BWV995
バッハ 前奏曲、フーガとアレグロ 変ホ長調 BWV998
バッハ ニ長調のミュゼット BWV Anh.126
 個人的に好きなのはこれ。これ自体は稀少盤だが海外にはあるようで、上の画像からAmazonUKのリンクに飛べる。ルドルフ・リヒター(後半で少し詳しく書いています)による復元楽器で、柔らかく響きの豊かな音は、まるで日本のお琴で弾いているような雰囲気さえ感じる。和室でBGMに流しておくのにも良さそうである。一応古楽器の歴史上、最初にこの音を復活させた録音である。

J.S.バッハ ラウテンクラヴィーアのための音楽

演奏:渡邊順生
ALM RECORDS ALCD-1128
(2011年6月15-17日、秩父ミューズパーク音楽堂録音)
リュート組曲 ホ短調 BWV996
ソナタ ニ短調 BWV964
組曲 ヘ短調 BWV823
前奏曲、フーガとアレグロ 変ホ長調 BWV998
前奏曲 ハ短調 BWV999
リュート組曲 ハ短調 BWV997
 コジマ録音より、マンチェスターのキース・ヒル製作(2000年)の楽器による演奏。2011年にサントリー音楽賞を受賞したチェンバロ奏者、渡邊順生の演奏はさすがの一言だが、渡邊先生のバッハ演奏であればチェンバロでチェンバロ曲を聴く方がキリッとしていて良い。同じキース・ヒル製作でも94年製を用いたロバート・ヒル盤とはかなり音色も違い、僕はこちらの方が好みである。

山田 貢 ラウテンクラヴィーア~失われた楽器を求めて

演奏:山田貢
LIVE NOTES WWCC-7637
(2009年5月19-21日、岩手県雫石ラ・ラ・ガーデンホール録音)
前奏曲 ハ長調 BWV924
リュート組曲 ハ短調 BWV997
前奏曲、フーガとアレグロ 変ホ長調 BWV998
前奏曲 ハ短調 BWV999
リュート組曲 ホ短調 BWV996
ヴァイス作曲 リュート・ソナタ第23番 嬰ヘ短調
 これもまた趣きがある、優しい響きが魅力だ。山田氏は自らの研究に基づき、ルドルフ・リヒターの助言も得つつ自らラウテンクラヴィーアを復元し、2009年に個人機材を用いて録音したというこだわり。演奏自体も気取った風がなく素朴で、この音色に非常にマッチしているのが良い。

ルドルフ・リヒターによる復元


古楽器演奏全般に言えることだが、どんな(復元)楽器を使うかによって音が大きく変わるのも面白いところだ。先程上げたジャコッテ盤では、1986年にルドルフ・リヒターによって復元された、18世紀の楽器製作者ヨハン・クリストフ・フライシャーが作ったラウテンクラヴィーア(1718年作)のレプリカ楽器が使われている。フライシャーについては、彼が作ったチェンバロなどの楽器が現代の多くの楽器職人たちによって復元され、また多くの古楽器奏者が使用しているので、どこかで名前を見たことがある人もいるだろう。


ルドルフ・リヒターは1928年生まれ、フライシャー製作のラウテンクラヴィーア復元を目指したセミプロの楽器製作者。彼が1986年に復元(厳密にはテオルベンフリューゲルである)をなすまでは、この楽器の音はほぼ再現されていなかったといえる。1981年7月には、ヘルムート・リリングが設立したシュトゥットガルト国際バッハアカデミーにて、試作版が登場。また、同じ年にハンガリーの古楽器奏者・楽器製作者のゲルゲイ・サルコジも復元に取り組み、バッハを録音。1986年に復元した楽器は名チェンバロ奏者であるクリスティアーノ・ジャコッテが録音しており、先も紹介した通りバッハの時代の音が蘇った記念碑的な録音。リヒターはその後も改良版を生み出したが、後にこの楽器への意欲を失ってしまう。これから先、この分野の研究や演奏にどういう革新があるのか、興味深いジャンルだ。


【参考】
ルドルフ・リヒターによる復元について興味のある方は、OxfordのEarly Music誌に掲載されたUta Henningによる論文がPDFで読めます。ただ1982年のものなので古い、がまさに今復元しようという時期のもの。
Henning, U., The most beautiful among the claviers: Rudolf Richrer’s reconstruction of a Baroque lute-harpsichord, Early Music, Volume 10, Issue 4, 1982, pp.477-486.
https://academic.oup.com/em/article/10/4/477/339938


もっと新しいものであれば、昨年惜しまれつつ他界したピアニスト、パウル・バドゥラ=スコダの奥様、エヴァ・バドゥラ=スコダの研究書にも記述があります。
Badura-Skoda, E., The Eighteenth-Century Fortepiano Grand and Its Patrons: From Scarlatti to Beethoven, Indiana University Press, 2017.

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Eva Badura-Skoda
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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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