Weezer(ウィーザー)というバンドがある。オルタナ、パワーポップ、エモあたりに分類されるロックバンドだ。彼らの曲の中でも代表作と言えるような曲、“Say It Ain’t So”という曲がある。僕のとても好きな曲のひとつだ。僕はかねてから、この曲の歌詞の誤った日本語訳がインターネット上にたくさん存在するのが良い気持ちではなかった。ということで、ここで一つ、決定版とでも言えるようなものを置いといてやろうじゃないか、と上から目線でこの記事を書いた。しかし当然のことながら、そもそも翻訳というのは100%意味を伝えられるものではないということと、これまた当然ながら僕自身は作詞者(ギターボーカルのリヴァース・クオモ)ではないので絶対に正しいという確証はない。ただ、なぜこのような訳を選ぶに至ったのかという理由をきちんと書いているので、ぜひ多くの人に見て欲しい、参考にして欲しいと思っている。
“Say It Ain’t So”
Oh yeah
Alright
ああ
大丈夫
【解説】
このように、スタンザごとに歌詞、和訳、解説、の順に書いていく。この曲の背景として、リヴァース・クオモは幼い頃に両親が離婚し、父が出ていったこと、継父が来て一緒に暮らしていること、16才の頃のことを歌っていることが挙げられる。
Somebody’s Heine’
Is crowdin’ my icebox
Somebody’s cold one
Is givin’ me chills
Guess I’ll just close my eyes
誰かのハイネケンが
うちの冷蔵庫を一杯にしてる
誰かの冷たいのが
僕を震えさせる
僕はただ目を閉じるだけ
【解説】
Heineをハインリヒ・ハイネのことと誤訳しているものがあるが、これはハイネケン(ビール)のことである。
ここでは作詞者リヴァースは、Heinekenを2音節にするためにHeineと略している。
同様にiceboxという単語も、作詞の際にrefrigerator(冷蔵庫)の代わりになる2音節の単語はないか、ドラムのパトリックにリヴァースが尋ねたところ、iceboxがある、と返答されて出た言葉である。
Somebody(誰か)というのは、ここでは継父のスティーブンのことである。cold oneは、冷たさ・冷酷さという意味も含んでいるだろうが、冷えたビールのことを指す。あえて「冷たいの」と書いたが、「冷たい1本」や「冷たい1杯」という訳は間違っていないだろう。後半の歌詞でボトルが出てくるので1本でもいいと思うし、実際にリヴァースが幼い頃に継父が冷蔵庫に入れていたのは缶ビールだとリヴァースは語っている。
Oh yeah
Alright
Feels good
Inside
ああ
大丈夫
良い感じさ
心の内では
【解説】
Insideは心の中かもしれないし、家の中かもしれないが、いずれにしてもFeels goodではないのは確かである。言い聞かせているのか、実際はまったく大丈夫でないことについてAlrightと歌っている。
Flip on the tele
Wrestle with Jimmy
Something is bubbling
Behind my back
The bottle is ready to blow
テレビを付けて
ジミーと取っ組み合う
何かが泡立っている
僕の背後で
ボトルは破裂寸前だ
【解説】
teleをテレキャスターと解釈していたり、遠くに飛ぶと解釈するものもあるが、スラングの「テレビを付ける」が正しいと思われる。次の文Wrestle with Jimmyが、弟のジミーと取っ組み合いをしているという幼い頃の様子を語っているので、その前も同じく幼い日の一場面を語っているのだと推察される。ギターを弾くようになるよりもう少し幼い頃だろう。
また、Wrestle with Jimmyについても、ジム・ビームの瓶のことや、マスターベーションのこと、テレビ司会者のジミーなど、様々に書かれているが、リヴァースの弟リーヴス・クオモのことで間違いないだろう。彼はパブリックスクールに進学する際、継父の姓を選びJimmy Kittsという名前に改名している。
継父はアルコール中毒である。泡立つ、破裂は比喩でもある。家庭問題は泡立ち、爆破する寸前。
Say it ain’t so
Your drug is a heart-breaker
Say it ain’t so
My love is a life-taker
嘘だと言ってよ
あなたのドラッグは心を壊す
嘘だと言ってよ
僕の愛は生を奪う
【解説】
タイトルの表現については、メジャーリーガーのジョー・ジャクソンを参照していただきたい。1919年MLBで起きた八百長事件「ブラックソックス事件」の言葉で、裁判で証言を済ませて出て来たジャクソンに、ある少年ファンが、”Say it ain’t so Joe!!”(「嘘だと言ってよ、ジョー!」)と叫んだという逸話がある。だから「そうじゃないと言ってよ」などと普通に訳してもいいと思うが、定訳としては「嘘だと言ってよ」である。
drugはもちろんアルコールのこと、lifeは非常に訳し難い。自分の愛のせいで悪いことになる、と自分を責めている。リヴァースの実父は5歳の頃、継父は16歳の頃、家を出ていった。実父のことをアル中だと信じ込むことによって、両親の離婚を誘発してしまったのではないかと思っていた、とリヴァースは語っていた。つまり、my love、自分の家族への愛、尊厳、家庭というものへの信奉が、life(生きること、家庭生活)を奪ってしまう、というティーンエイジャーらしい葛藤を歌っている。命を削るとか命を奪うという意味も含まれていないことはないだろうが、生活を奪っていくという方が近い。
I can’t confront you
I never could do
That which might hurt you
So try and be cool
When I say
This way is a water-slide away from me
That takes you further every day
So be cool
あなたに向き合うことはできない
僕には決してできっこなかった
あなたを傷つけてしまうかもしれないことなんて
だから冷静でいよう
言ってしまえば
この道はウォータースライダーのように
毎日僕からあなたを遠くに引き離して行く
だから冷静に
【解説】
継父に言ったら怒られたり酷い事を言われたりすると恐れつつ、言わなければもっと悪いことになるともわかっている、という子ども時代の葛藤。
water-slideは「水の流れ」ではなくプールとかにある「ウォータースライダー」のこと。ここでリズムは勢いを増し、一気に滑り落ちるように家族が離れていく様を表現しているので、あのすべり台のようなイメージの方が相応しい。
try and be coolや最後のSo be coolは自分に言っているとは思うが、継父に対してとも取れなくはない。
Say it ain’t so
Your drug is a heart-breaker
Say it ain’t so
My love is a life-taker
Dear Daddy
I write you in spite of years of silence
You’ve cleaned up, found Jesus, things are good or so I hear
This bottle of Steven’s awakens ancient feelings
Like father, stepfather, the son is drowning in the flood
Yeah, yeah-yeah, yeah-yeah
親愛なるパパへ
僕たちは何年も口を聞いていないけど、手紙を書くよ
あなたはシラフになって、神様も見つけ、上手くやっていると聞いたよ
このスティーブンのボトルを見ると、昔の気持ちが蘇るんだ
父のように、継父のように、
息子は洪水の中で溺れかけています
【解説】
父が5歳のときに家族を置いて出ていったこと、ドイツに住み教会に通うようになったことをローリング・ストーン誌でリヴァースは語った。今はお酒をやめ、幸せに暮らしているという。
スティーブンは継父のこと。継父が出ていってしまうのではないかと、アルコールのせいで実父が出ていった昔のことを思い出している。ことわざのLike father, like sonも意識されている。親が親なら子も子、リヴァースは21才になるまでお酒を一滴も飲まなかったそうだが、アルコールに溺れた父や継父のように、洪水に飲まれてしまうような心情だったのだろう。
この部分の叫びは詩篇38章からの引用である。
I am drowning in the flood of my sins「罪は洪水のように押し寄せて溺れ」
Say it ain’t so
Your drug is a heart-breaker
Say it ain’t so
My love is a life-taker
歌詞、和訳、解説は以上。
誤訳に至る原因は主に2つある。
①この曲における、作詞者リヴァースの特殊な背景を知っているか
②リズムやメロディを優先させるための語の選択・省略をしていることを知っているか
①については、これは知らないとどうしようもない。知らないで恋愛の歌と思って訳しているサイトもある。昔々にあったウィーザーのファンサイトにご本人が登場して内容についてコメントしていたりして、案外ネット上の情報は消えてしまうものも多いし、幸運にも色んなサイトに書き伝えられて残っている情報などを頼るしかない。なにより、リヴァース自身が変わり者で、特に過去のウィーザーについて語るのをあまり好まないと2016年か2017年かのローリングストーン誌でも語っているので、掘り起こされたくもないのかもしれない。
②について、僕も別に翻訳のプロフェッショナルではないので、こうやって書いてみてその難しさに直面した。単語や文法などと同じくらい、音楽についても考えないといけないわけであって、それを無神経に英語力があるからとバリバリ訳されてしまうと間違いになる、ということだ。
例えば、That which might hurt youという部分は、関係代名詞の文法としてはWhat might hurt youでも意味は同じだけど、メロディラインのために1音多く、WhatではなくThat whichにしているのである。この部分を誤訳することはまずないだろうが、そういう感覚がないと省略などで誤訳してしまう。
解釈は無限にあるので、自分の好きなように聴くのが良いと、僕もわかっている。わかっているからこそ、リヴァース自身の経験や発言に基づいた解釈を一応は正しい解釈ということにして、突き詰めておきたい。この解説と訳が、多くの人の「自分にとっての最高の解釈」の手助けになり、この曲の魅力に取りつかれる人、ウィーザーのファンが1人でも増えることを願う。
Weezer
ウィーザー
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more