中田喜直 女声合唱組曲「美しい訣れの朝」:涙、涙の合唱曲

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日本合唱曲全集「美しい訣れの朝」中田喜直作品集(2)


中田喜直 女声合唱組曲「美しい訣れの朝」


「夏の思い出」や「ちいさい秋みつけた」、「雪の降るまちを」など美しいメロディの歌曲で知られる中田喜直(1923-2000)の作品を取り上げよう。
今挙げた四季をテーマにした有名曲を思い浮かべてもわかるように、中田先生は日本の誇る偉大なメロディ・メイカーである。あれ、春の歌がないぞと思った方、「早春賦」という曲をご存知でしょうか。これは中田喜直の父、中田章の唯一のヒット曲であり、息子の喜直は父に遠慮して春の歌のヒット曲を書かなかったそうだ(という話をご自身の講演会で鉄板ネタにしていたそうだ)。


今も歌い継がれる歌曲が多い中田喜直は実際に多作家で、特に全国の学校の校歌も多く手がけている。ウィキペディアにもたくさん載っているが、それ以外にもまだ大量にあるはずだ。
僕が中田喜直に興味を持ったのも母校の中学校の校歌を作曲していたからであり、僕も子どもの頃から、中学校の校歌が小中高の中で最も美しい曲だと思っていたし、今でもそう思う。うちの子が通っている園の園歌も中田先生の作曲だ。最初は「なんだこれは、よくわからん曲だな」と侮っていたのだが、中田喜直作曲と書いてあってギョッとした。まあクラシック好きを自称しているが所詮その程度。僕は自分の審美眼の腐り加減を棚に上げて、以降「メロディは素晴らしいが伴奏が良くない、Cメジャーの連続ではいかん」などと言い訳をかましているところだ。


だいぶ話が逸れたので今回紹介する曲の話にしよう。歌曲ではななく合唱曲。中田喜直の単旋律の魅力は計り知れないが、合唱は合唱で良い。特にこの「美しい訣れの朝」は、中田作品の傑作中の傑作とも言える、非常に感動的な音楽である。昭和38年度芸術祭奨励賞受賞作品で、詩は「サッちゃん」や「おなかのへるうた」で有名な阪田寛夫による。
病床に伏す女の愛と生涯を描いた詩で、内容的には非常に重い。「消えた八月」や「しゅうりりえんえん」、「日曜日」、「山に祈る」などのトラウマ系合唱曲ほどではないが、メンタルが落ちているときには推奨しない。いかにも感動系・お涙頂戴と言えばまあそういう内容だが、そういうものに対してバカの一つ覚えみたいに「陳腐」で片付けるのも野暮というものだ。歌詞はこちらから。


第1曲「あなたはいつも」は病床で夫の帰りを待つ女の思いを歌う。なんでしょう、年を取るにつれ涙もろくてね……。だめだね。序奏ピアノからもう泣ける(早い)。冒頭はユニゾン、これである。「幾百千の足音から あなたがわかる」の部分でまた泣ける。老いた夫がゆっくりと歩くようなテンポを生む4分音符の連続した伴奏に、強い思いを弱々しく歌う合唱がなんとも言えない。
第2曲「くちなし」は老いと死に向かう女の諦観が歌われる。音楽的にはスケルツォ的な一章である。民謡・童歌風の旋律と踊るようなリズムも、どこか物寂しい。朽ちなしとはいえ、老いは無情に襲う。口無しは死人である。花言葉は「私は幸せ者」。
第3曲「お母さん」は、コンクールなどでも取り上げられることが最も多い曲で、非常に劇的・激情的な音楽でもある。女は幼い頃の母を思い、子どもに戻ったように甘え、嘆く歌。「あえぐような気で、ささやくように」と指示がある。怖いほど静かに始まり、「母の匂い」が現れた後、幻想的なハミングと、技巧的なピアノカデンツァが幼い頃へタイムスリップさせる。そして「お母さん」の呼び声が現れてから、オペラ顔負けの感情を吐露する激しい音楽が展開される。組曲の山場である。
第4曲「おやすみぼくチン-生まれなかった子供への子守唄ー」、これもタイトル通り悲痛な音楽である。子どもが生まれてからはこういうのもいっそう辛い……。こんなの泣かずに聴けるかっつの。組曲としては緩徐楽章に該当する。中田喜直の歌曲ほど、歌詞と音楽が完璧に呼応していると感じるものはない。「ぼくチン」と呼びかける、ついに生まれることのなかった子について、その呼び声は実に温かい母の声だ。はねるリズムの長調だ。そんな愛のこもった温かさで「いつまでたっても 赤ちゃんのぼくチン」などと言われてはもう。
第5曲「赤い風船」でついに、女は赤い風船につかまって旅立つ。イントロの激しいピアノは何をか言わん。まるでショパンかと思うようなピアノも聞こえる。「私はもう空へのぼる」で言葉通りキーも登っていき、「いくせんまんの雨になって あの屋根に振るの」で降ってくる。わかりやすく書くとそうなるが、言葉を裏切らない音楽である。またフィナーレが良い。この組曲は、最後の最後が「美しい訣れの朝」なのである。


作曲された昭和38年当時はピアノ伴奏も含め最難関の曲と言われていたが、その後流行して様々な団体が取り上げるようになった。
こういう内容なだけあって、やはり歌う側も妙に気張ってしまうというか、テンポやリズムをいじったり、感情偏重というか、気持ちばかり前面に出して声量マシマシで歌ってしまったりということもあった、というようなことを中田先生も書いていらっしゃった。
このページで紹介しているCDは中田先生お墨付きの名演奏・名録音である。美しい訣れの朝に皆様も涙していただきたい。

日本合唱曲全集「美しい訣れの朝」中田喜直作品集(2)
合唱 札幌大谷短期大学輪声会 日本女声合唱団
日本伝統文化振興財団 (2005-10-21)
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“中田喜直 女声合唱組曲「美しい訣れの朝」:涙、涙の合唱曲” への1件の返信

  1. 終曲「赤い風船」の詩の内容では、奥様が本当に天に召される、と言った具合なら本当に泣ける
    最初の曲「あなたはいつも」は、ピアノ伴奏がやりやすいかな?

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