ランセン マンハッタン交響曲:真・ニューヨークのフランス人

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「吹奏楽ファンにクラシック音楽における吹奏楽編成の古典的名曲をオススメしたいという気持ちと、逆にクラシック音楽ファンに吹奏楽の傑作をオススメしたいという気持ちと、両方持っているのだ」というようなことを以前何かの記事に書いた。今回は後者、吹奏楽のオリジナル作品の傑作を、クラシック音楽好きの人たちにも布教したい。がメインだけども、同時に、吹奏楽好きの人のために、吹奏楽オリジナル作品の古い傑作ではあるけれども、演奏・録音機会が減ってきたり、忘れ去られていきそうな曲なんかは、これからも進んで取り上げたいと思っている。まあ有名か無名かは関係なく、少なくとも、吹奏楽コンクールで勝てる(コンクール映えする)ように作られて、吹奏楽部の中高生たちの青春の思い出になるだけの曲ではなく、芸術として一生の鑑賞に耐えうる曲をここで取り上げて、良い曲があるぞとアピールしたい。鑑賞に耐える、なんて、あんまり好きな言葉じゃないんだけど、そうも言いたくなる吹奏楽界隈の状況も察してほしい。

ということで、コンクールとは無縁でも演奏会では比較的登場する方である、セルジュ・ランセン(1922-2005)の代表作「マンハッタン交響曲」を取り上げよう。ランセンと同世代の作曲家にはピアソラ、クセナキス、マルコム・アーノルド、日本人では別宮貞雄や中田喜直がいる。吹奏楽関係で言えば、岩井直溥が1923年生まれだ。
ピアニストの母親と、外科医でアマチュアのヴァイオリン奏者だった父の元、パリで生まれたランセンは音楽に囲まれて育ち、またいわゆる音楽の神童でもあった。4歳で作曲を始め、15歳のときにはロンドンで自作曲のピアノ・リサイタルを開催。パリ音楽院に入学し、ピアノをマルグリット・ロン、作曲をアンリ・ビュッセルに師事。1950年にはカンタータでローマ大賞の第2位を受賞している。
様々なジャンルの曲を作曲する中で、基本的にはピアノと弦楽器で育ってきたランセンは全く吹奏楽(管楽器)とは縁がなかった。「マンハッタン交響曲」は1962年、パリ音楽院時代からの友人で指揮者のデジレ・ドンディーヌの依頼で、パリ警視庁吹奏楽団のために作曲。ドンディーヌは自作の吹奏楽曲はもちろん、イベールやミヨー、デュレらに吹奏楽曲を委嘱し、当時の吹奏楽の芸術レベルの引き上げに寄与した人物だ。ランセンの吹奏楽曲の作曲においても多くの助言を与え、この曲のオーケストレーションの大部分はドンディーヌの手によるものだそうだ。よくマンハッタン交響曲がランセン初の吹奏楽曲と書かれるが、厳密には1960年にマーチを作曲しており、これもドンディーヌのオーケストレーション。他にも1964年の「クリスマス交響曲」、1966年の「ケルクラーデの祝祭」を作曲するが、ここまではドンディーヌ編曲であり、それ以降は大分慣れて自信もついたのだろう、ランセン自身でオーケストレーションを行っている。ドンディーヌが手本を示してくれたおかげもあって、ランセンはその後フランスの吹奏楽界を代表する作曲家になれたのだ。
なお1964年には「マンハッタン交響曲」がケルクラーデで行われる世界音楽コンクール(WMC)の課題曲として選ばれている。以降、彼の他の作品が課題曲になったり招待演奏をしたりと、このコンクールとは長い付き合いとなる。最初にコンクールとは無縁などと書いてしまって申し訳ない気持ちだが……こういう「実質音楽祭」であるコンクールが吹奏楽というジャンルを盛り上げてきたのもまた事実。今の日本の吹奏楽コンクールは音楽祭ではなく実質スポーツ大会というか実質甲子園というか、そんな感じだが、まあそれはともかく、合唱なども含めオーケストラ以外の大編成の音楽が20世紀に発展したきたのは、そういうのに依るところも大きい。


ランセンは1960年にアメリカを訪問。その際の印象を音楽にしたのが「マンハッタン交響曲」で、まさにガーシュウィンの「パリのアメリカ人」の逆バージョン、「アメリカのパリ人」である。「ニューヨークのフランス人」と言った方が良いかしら。しかしその言い方だと困る事情があり、というのもランセンが「マンハッタン交響曲」を書いたのと全く同じ1962年に、ミヨーが「ニューヨークのフランス人」という曲名で似たようなコンセプトの管弦楽曲を書いている。これはガーシュウィン生誕65周年を祝してレコード会社の企画で作曲されたもので、初出音源のフィードラー指揮ボストン・ポップスの63年録音が復刻している。

ガーシュウィン:パリのアメリカ人/ミヨー:ニューヨークのフランス人 ほか
アーサー・フィードラー (アーティスト)


ミヨーの曲の方はその後あまり見向きもされていないようだけど、ランセンの曲の方は、なにせレパートリーに飢えていた吹奏楽の事情もあり、また当時の演奏を聴いた出版社モレナールの社長が気に入ったのもあり、すぐに出版されて長く演奏されるようになった。全5楽章で、演奏時間は15~20分弱。各楽章に副題が付けられている。
第1楽章「マンハッタンに到着」、壮大な雰囲気だ。これはニューヨークの港に入っていく客船の前に、朝の霧の中から摩天楼が現れる、という様子らしい。壮大で圧巻の美しさ、なんだけど、どこか気持ち切なげな雰囲気も持ち合わせていて、なんというか、シンプルな華やかさや力強さではないあたりが、フランス人が見た印象っぽくて面白い。近づくと見える異次元なもの、美しくもあり、畏れもあり……そんなものが、彼の目に映ったマンハッタンの第一印象なのかもしれない。
第2楽章「セントラルパーク」、リラックスして楽しいお散歩、人々は寛ぎ、子どもたちは駆け回っている。木管の旋律に金管のハーモニー、シンプルな管弦楽法だがそれがいい。金管がちょっとジャジーに歌うところなんかもたまらないし、グロッケンは煌めく朝露か、はたまた木漏れ日か。最後の方のホルン、フルートも味がある。
第3楽章「ハーレム」、わかりやすくブルージーで大変結構。ソロ楽器のテーマに続くバンド、というブロックで進んでいく。なんかちょっと、小馬鹿にしてるようにさえ聴こえる、なんて書いたらお叱りを受けるかもしれないが、こういうのは管楽の合奏でなければ出ない雰囲気だ。このソロは交代して低音になっていく。いいじゃないか。
第4楽章「ブロードウェイ」、この曲の白眉でもあるし、まあニューヨークの白眉でもある、なんてね、行ったことないけど。この始まり方はどうでしょう、あからさまにガーシュウィンを彷彿とさせる。ラプソディ・イン・ブルーのノリに、さらにミヨーのフランス組曲のイル・ド・フランスの香りも漂う。これぞまさに、真のニューヨークのフランス人! 冗談ではなく、本当にそう思わせるのだ。とはいえメインはブロードウェイ、やはりこのスネアの連打がいいね。ウッドブロックがコツコツ鳴る中で歌うバス・クラリネットやバリトン・サックスのメロディも美しい。駆け抜けるフルートもいい、ブロードウェイは忙しいのだ。
第5楽章「ロックフェラー・ビルディング」、この巨大ビルこそまさにアメリカだったのだろう。第1楽章冒頭の主題が現れ、今度は摩天楼をくっきりと描く。民謡のような優しいメロディ、やはりちょっぴり切なくさせる。このメロディにも、伴奏にも、しっかりと意味があるというか、中身が詰まっているというか。キャッチーではあるけど、決して空疎なものではない、心の通った、良い音楽だと思う。押し寄せる音の圧力は高層ビルの圧力にほかならない。美しい歌と大迫力の音圧は有無を言わさない、大団円。
実際のところ単なる組曲であり交響曲という感じでもないのだが、これが1962年に交響曲の名を冠してヨーロッパの吹奏楽界に登場したのは意義深いことだったろう。今聴いても、中身の充実した楽しい音楽だ。

Europa Sinfonie 5 CD – オーディオブック, 2009/6/29
Pannonisches Blasorchester


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