プロコフィエフ ミリタリー・バンドのための4つの行進曲:社会主義リアリズムと“愛”

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プロコフィエフ ミリタリー・バンドのための4つの行進曲 作品69


プロコフィエフの作曲したマーチは全部で7曲ある。有名な「体育祭行進曲」(マーチ・スパルタキアーダ)を含む4曲が、この度取り上げる作品69となっており、あとは行進曲作品99、「3つのオレンジへの恋」の中の行進曲、そして「子どもの音楽」というやさしいピアノ曲集にある行進曲である。まあ実質6曲と言ったところか。
1934年から1936年にかけて、のらりくらりとフランスからソ連に帰国したプロコフィエフは、妻と子とモスクワに居を構えるが、日々口うるさいソ連の官吏をなだめるためにも、どうしても大衆的な音楽を作らざるを得ない状況に陥る。そうした時期にこの4つの行進曲は作曲された。
社会主義リアリズムの影響があると言っても、シンプルでわかりやすい音楽がそのままイコール政治色の強い音楽とは言いがたいのであって、特に行進曲なんかは軍隊的な雰囲気とすぐリンクしてしまうものだが、この行進曲をそうしたプロパガンダ的音楽と捉えるのは早計だろう。
そもそも、ロシア・アヴァンギャルドも終わり、ソ連の社会情勢だって理解していたであろうプロコフィエフが、20年近く海外に住んでいたのにわざわざ祖国に帰るということは、やはり祖国愛あってのことではないだろうか。帰国理由については確証がないのでなんとも言えないが、祝祭的で愛国的な音楽と捉えるべきだろう。
この行進曲の場合は、音楽自体は政治的コンテクストからは程遠いと考えた方が良いと思われる。よくプロコフィエフは社会主義リアリズムの作曲家として紹介されるし、そうすると「ああ、ソ連の政治的なものに影響された作曲家ね」という印象を抱く。またプロコフィエフはフルトヴェングラーなんかと違って政治に非常にナイーブな人だったので、あくまで体制に反抗するとか、政治には無関心でい続けるとか、そんな態度は取らなかった。
「社会主義リアリズム」の音楽という、現代ではある意味「負」のイメージが付加するものにくくられるのは、間違いではないが、誤解を招きやすくてちょっと残念でもある。愛国的ということと政治的ということは、たとえ社会主義であろうと帝国主義であろうと、決して同義ではない。


ちょっと話が妙に熱い方向に行ってしまったが、ミリタリー・バンド(吹奏楽)のためのオリジナル作品としては超大物作曲家の作品であり、本来は吹奏楽の世界でもっともっと盛り上がっていいはずである。その割には、4曲中第1曲と第2曲以外はごくごく最近まで演奏されなかった。勿体無いことだ。
プロコフィエフほどのビッグネームが作った曲が放っておかれて、どうしようもない邦人作品ばかり毎年毎年演奏される残念な吹奏楽コンクールが盛り上がってしまうのは、遺憾なことこの上ないのだが、まあこういう愚痴を書くのはまた今度にして、この4曲の魅力を語ろうと思う。なお僕は邦人作品を貶めているわけではないし、素晴らしい名曲も沢山あり、それらは大好きである。その上で、の話である。
第1曲の「体育祭行進曲」(マーチ・スパルタキアーダ)は比較的有名で、明るくキャッチーで色彩豊かな旋律がいかにも体育祭らしい。もちろん体育祭とは、ソ連版オリンピックのようなスポーツの総合大会のこと。プリンストン大学の音楽史家サイモン・モリソン教授によれば、この曲の依頼に対しては相当高いギャランティーが支払われたようで、それまでの彼の映画音楽のギャラの総額に匹敵する1万ルーブルほどだったとのこと。ソビエト全盛期の力はおそろしい。
第2曲「マーチ・ソング」は、叙情的なユーフォニアムのソロが印象的な良作だ。吹奏楽におけるこの楽器の果たす役割の重大さ! 軽い小洒落たマーチで、マーチ・スパルタキアーダとのコントラストもまた良い。
第3曲「ムジカ・コンペディションのための行進曲」からはだいぶ秘曲のカテゴリに入る。作曲に当たってピアノ譜が書かれ、そこに彼は「もしこの行進曲が長すぎたり、第2トリオが難し過ぎたりしたら、トリオをカットすること」とある。演奏に当たってはそのカット版が採用されていたが、完全な形の初演は英国王立北部音楽大学ウィンド・オーケストラによって行われた。この曲のトリオが、僕は4曲中最も好きな部分だ。じんわりと心に響く。
第4曲「騎兵の行進曲」にいたっては、出版されないとわかったプロコフィエフが、組曲「われらの時代の歌」作品76に組み込んでしまった。明るい光が射すような冒頭は、まさしく吹奏楽の音色の魅力。
英国王立北部音楽大学ウィンド・オーケストラによる4曲同時収録盤はレコ芸準特薦。クラシック・ファンの皆さん、「政治的」という色眼鏡なしで、プロコフィエフの行進曲が表現する「熱いもの」を感じてみてください。

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