リムスキー=コルサコフ トロンボーン協奏曲:絵になる港の景色だけ

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リムスキー=コルサコフ トロンボーンと吹奏楽のための協奏曲 変ロ長調

クラシック音楽の歴史を振り返っても、トロンボーン協奏曲は少ない。20世紀以降であればいくらでも出てくるが、19世紀以前となると本当に少ない。なぜだろう。わかる人がいたら教えてください。オーケストラでは活躍しても、ソロ楽器として目を向ける人は少なかったのだろうか。そういう僕も、チューバやユーフォニアムの協奏曲についてはかつてブログに書いているが(↓の記事参照)、トロンボーン協奏曲について書くのは初だ。


名だたる有名作曲家が残さなかったトロンボーン協奏曲に意欲を示したほぼ最初の有名作曲家が、リムスキー=コルサコフ(1844-1908)である。彼は海軍兵学校を出て海軍で働く傍ら、作曲も行っていた。1856年に海軍に入り、1873年から11年間、軍楽隊の監督のようなポストを務めた。監督のようなと書いたのは、この仕事はちょっと謎だからだ。リムスキー=コルサコフのポストは厳密には軍籍ではなく、軍から給与は出るけど任務には就かず、軍楽隊の隊長はまた別にいて、その隊長たちの監督者としての仕事をするという、よくわからない新設ポストらしい。リムスキー=コルサコフは「喜んで任務と軍服から逃れた」と語ったそうだ。特に古い解説などでは彼が軍楽隊の隊長だと書かれるが、実際はそんな感じらしい。ロシア国内各地の海軍軍楽隊へ趣き、軍楽隊の隊長とその仕事を監督し、またレパートリーの見直しや楽器の検査などを務めたそうだ。こうして得た楽器の知識が、後々彼のオーケストレーションに役立ったことは言うまでもない。


レパートリーの見直し業務には軍楽隊のための編曲も含まれ、ベートーヴェンやシューベルト、ベルリオーズ、ワーグナーなどの作品を編曲したと記録に残っている。この辺りの楽譜まで残っているのかは定かではないが、リムスキー=コルサコフ編曲のクラシックなど、聴けるものなら聴いてみたいものだ。
そうして、従来にないレパートリーを模索していく中で、今まで多くの作曲家から見過ごされてきた「トロンボーン協奏曲」を書こうと思い至った訳だ。古臭いレパートリーではなく新しいソロ曲を、それも奏者がヴィルトゥオーゾのスタイルに熟達するという目的で作曲しようと意気込んだこの「トロンボーン協奏曲」は、19世紀ロシアを代表する吹奏楽曲として、さらには、管楽器の協奏曲としてはクラシック音楽の歴史に残る名曲として、現代でも愛されている。


1877年に作曲され、翌年初演。作曲者の指揮、レオノフという奏者がソロを務め、バルチック艦隊の軍港であるクロンシュタットで演奏された。
伝統的な急緩急の構成だが、明確に楽章が分かれていないので、続けて演奏されることも多い。10分程度の長さの中に、トロンボーンという楽器が表現しうる独特の叙情性とヴィルトゥオージティが詰まっている。
第1部Allegro vivace、幕開けを堂々と宣言する上昇アルペジオの独奏が非常にカッコいい。ファンファーレ風だが、テンポも相まって強さより爽やかさが勝るフレーズ。
第2部Andante cantabile、なんて美しいメロディなんだろう。柔らかな風が吹く海辺の光景を思い浮かべずにはいられない。少し寂しげで、ときに熱い気持ちも見え隠れして……最後はカデンツァ、港で一人、男は歌うのだ。19世紀の海軍だし、トロンボーン音域だし、強くて弱い男のモノローグである。港を愛せる男に悪い男はいないけれど、あの人の心をつかんだまま別れるのが世の定めなのだ。男が本気で愛したものは絵になる港の景色だけ……。
第3部Allegretto、ここでは軍楽隊らしさがあふれる、重厚な行進曲風。しかし勝利の凱歌というよりかは、どこかユーモラスな雰囲気もある。まるでスネアドラムを真似ているかのようなリズミカルな独奏トロンボーン、これは面白い。第2部の優しい歌が少し回想されるのも、にくい演出だ。最後のカデンツァは見せ所。妙技を堪能しよう。

録音も素晴らしいものが豊富にある。記事冒頭のCDはミシェル・ベッケの名盤。廃盤なのが惜しい。独奏の素晴らしさはもちろん、ベルギー・ギィデ交響吹奏楽団(王立の軍楽隊である)の伴奏も絶妙なハーモニーであまりにも美しい。現代を代表するヴィルトゥオーゾで作曲家でもあるリンドベルイは、超絶技巧カデンツァを披露したり、あるいは自身でオーケストラ編曲をして録音したりしている。またトロンボーンの神様ことアレッシもフロリダ大学WSと本当に素晴らしい演奏をしており、大好きな録音だ。ちなみに、僕が最初に聴いたのは、プロコフィエフの行進曲で記事を書いたときに紹介しているChandosのCDに収録されているもの。今では他の録音の方が好きだが、このCDのおかげでこの曲に出会えたので感謝している。
オーケストラ伴奏も確かにかっこいい、けどオリジナルに近い吹奏楽伴奏の方がどちらかといえば好み。余計に色を足さない方が全体の雰囲気が良く感じられるのは、それだけリムスキー=コルサコフのオーケストレーションが優れているからだろう。ということで、この曲でも「有名作曲家による吹奏楽作品の名曲を紹介する」という、このブログの隠れた使命を果たしたと言っていいだろう。そういうコンセプトで書いた他の曲は↓の記事をご参照ください。これにてまた一つ、任務完了。


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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