カントルーブ オーヴェルニュの歌 第1集:情緒と表現に酔いしれて……

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カントルーブ:オーヴェルニュの歌(選集)


カントルーブ オーヴェルニュの歌 第1集


おそらくこの曲を愛好する日本人の中で、実際にオーベルニュに行ったことがある人はほとんどいないだろうが、たとえオーヴェルニュのことを何一つも知らないとしても、この曲の持つ普遍的な美しさを味わうことは可能だ。
そもそもオーヴェルニュがきっかけでこの曲を知る人よりも、むしろお気に入りのソプラノ歌手が歌っているのを聴いて知るという人の方が多いのではないだろうか。マドレーヌ・グレイやネタニヤ・ダヴラツ、アンヘレスやキリ・テ・カナワ、またジェラール・スゼーなども含めて、多くの歌手が取り上げている。
作曲者のカントルーブはフランスのオーヴェルニュ地方に生まれ、ショパンの教え子だったアメリー・デゼールにピアノを習い、パリのスコラ・カントルムではヴァンサン・ダンディに師事。ダンディの音楽を知る人なら、聴いてすぐにダンディ的な色彩豊かでみずみずしい雰囲気を感じうると思う。
そんなカントルーブの代表作が、故郷の歌を集めて管弦楽伴奏とソプラノのための歌集に仕上げた「オーヴェルニュの歌」である。今回は「野原の羊飼いのおとめ」、「バイレロ」、「3つのブーレ」の3つが収録されている第1集を取り上げるが、全部で第5集まであり、計30曲ほどが収録されている。全てが完成するまでに30年程を費やしたという力作中の力作である。
当然民謡の収集に力を入れたカントルーブは、フランス各地を探訪し、オーヴェルニュの他にも、バスク地方や高地オーヴェルニュ、高地ケルシーなどの民謡集も作っているし、またケルト音楽の研究にも寄与するなど、民謡への理解が非常に深い音楽家でもあった。「農民の唄というものは、形式の点ではともかくとしても、情緒や表現においては、最も純粋な芸術の水準にまでしばしば到達している」という彼の言葉は、カントルーブを語る際によく用いられるもので、彼の音楽性をよく表している。
たとえばこの曲集でも最も有名であろう「バイレロ」にしても、オーヴェルニュの山あいにある牧草地で、遠く離れた2人の羊飼いが歌っているのを聴いて書き留めたものだそうだ。フィールドワークで得た素材と、ダンディ譲りの確かなオーケストレーション(たとえば金管はホルンとトランペットのみ、またハープではなくあえてピアノが効果的に用いられるなど)、そして多地方の音楽の巧みな混合・折衷のテクニックがあって、この傑作が生まれたのである。


「野原の羊飼いのおとめ」では、羊飼いの娘と、おそらく他所の土地から来た紳士とのやりとりが歌われる。第2集には「羊飼いのおとめと若旦那」という、同じように娘と男との他愛ない掛け合いが歌われている曲があり、ようはナンパな男と、それをあしらったり、またときにはちょっと付き合ってあげたりする様子が、楽しい旋律に乗せて歌われているのだ。おそらく実際にこういう場面が、このオーヴェルニュの原っぱで数知れず繰り広げられていたのだろう。
第1集の白眉である「バイレロ」。「バイレロ」の意味としては「ラララ~♪」的なものだと思われるが、羊飼いたちの間で使われていた呼び声・合図のようなものだったとも言われている。羊飼いの乙女が、川を挟んで向こう側にいる羊飼いの男に呼びかける問答歌となっている。この旋律がなんとも美しい。カントルーブは、前奏の冒頭で高音の弦楽とピアノの響きを用い、明るい陽射しが川面に煌めいているような風景を一瞬で描き出す。そしてオーボエの長閑で牧歌的な音に導かれて、乙女は歌い出すのだ。繊細で透明感のあるピアノ、間奏で顔を出すフルート、それら全てが美しい歌をいっそう引き立てている。ただただ、この美しさに酔いしれるのみだ。
「3つのブーレ」は「泉の水」、「どこに羊を離そうか」、「あちらのリムーザンに」の3曲で構成されている。これらの曲の伴奏はバグパイプのドローンを模しているように聞こえるし、かなりケルト音楽の影響が大きい。これら3曲は、曲間に木管楽器のソロ(1曲目と2曲目の間がオーボエ、2曲目と3曲目の間がクラリネット)が挿入されることで区切られているが、このオーボエ・ソロやクラリネット・ソロを聴くだけでも、ケルト音楽の香りを感じることができるだろう。
1曲目の「泉の水」は、泉の水を飲むんじゃない、飲みたくなったらワインを飲みなさい、と年頃の娘に忠告する、現代にしてみたら実に羨ましい(?)歌だ。こういうアドバイスになっているような歌の特徴なのだろうか、歌の終わりに「~ッイ!」と唸り声を入れて、ちゃんと言うことをききなさいと促しているようだ。
2曲目の「どこに羊を離そうか」は、羊を原っぱに離して、その原っぱで恋人と逢引するのを楽しみにしいる羊飼いの歌。快速の心地よいテンポで、愛の喜びが歌われる。
3曲目「あちらのリムーザンに」は、8分の3拍子でほとんどジーグのような舞曲だ。もちろんここでもケルト音楽の要素を見出すことができる。歌の内容としては、リムーザン(オーベルニュ西の地名)にはかわいい娘と優しい男がたくさんいるぞというリムーザンの娘の自慢に対して、オーベルニュの男が、いやいやこちらにもいい男が負けじといるぞ、と対向するもの。他の歌にも見られるのだが、こうしたオーヴェルニュ自慢というか、おらが村のプライドを見せつけてくれるような歌は、なんとも微笑ましい。

カントルーブ:オーヴェルニュの歌(選集) カントルーブ:オーヴェルニュの歌(選集)
カナワ(キリ・テ),カントルーブ,テイト(ジェフリー),イギリス室内管弦楽団

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