コープランド クラリネット協奏曲:ビタースウィート・リリシズム

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コープランド クラリネット協奏曲


アーロン・コープランドの曲について書くのは、なんと2009年7月のエル・サロン・メヒコの記事以来ということで、うむ、まあこりゃ年も取るわけだ。
さて10年近く前の自分はいったい何を書いているかというと、コープランドの曲はなんとなくそれらしい雰囲気を楽しむのが良い、中身は空っぽと、ずいぶんな物言いである。そんなことを書いてから今まで色々なコープランドの曲を聴いてきたが、未だにその感想を払拭することはできない。
別に悪気もなくて、事実だと思っているからであり、ある種の空虚さこそコープランドの管弦楽曲、ひいては彼の音楽全体の大きな魅力の一つだと、より強く思うようになった。


そんな前書きを書いておいて何だが、このクラリネット協奏曲は、そうした乾いた魅力と、コープランドにしては珍しいウエッティーな音も併せ持つ、稀有な傑作だと思う。クラリネット奏者の重要なレパートリーであり、録音も数多く存在する。
弦楽とピアノとハープの伴奏と、独奏クラリネットという、大オーケストラのコンチェルトとはまた違った音響もコープランドらしさ。ハ長調というところも、カラッとしていて実にいい。
ベニー・グッドマンの委嘱により、1947年から49年に作曲。当然ジャズの要素が用いられ、コープランド風に洗練された協奏曲となった。初演は1950年、グッドマンの独奏とフリッツ・ライナー指揮NBC響。2楽章構成で間に長いカデンツァを挟み、続けて演奏される。先も述べたが2つの対照的な味わいの音楽を楽しめる。


1楽章(Slowly and expressively)はよくビタースウィート・リリシズム(ほろ苦い抒情性)と書かれる。出典は不明だが、的を射た表現だと思う。クラリネットという楽器は、やはり牧歌的で、シャリュモー音域に代表される温もりのある音色というのも大きな魅力だ(そういう使い方についてはブラームスは本当に天才だと思う)。以前クラリネットとハープによるイギリス音楽「ヴィクトリアン・キッチンガーデン組曲」を取り上げたが、クラリネットには心がほっとするような音があると思う。そういう音色が、コープランドのどこか冷たく空しい音楽性と、奇妙なミスマッチ。だがそれがいい。
長閑で抒情的、しかし英国の田園風音楽なんかと引き合わせると、やはりコープランドのものは単純に田園風とは言えない面持ちがある。これがメトロポリタン・パストラルか……などと適当な言葉を当てはめて悦に入る。コープランド自身、この楽章のビタースウィート・リリシズムについて、社会的な疎外感や孤独感に影響されたものだと認めている。コープランドは同性愛者であり、ユダヤ人である。黒人もそうだが、当時のアメリカにおける「他所者」であったことは、いわば「奪われし者」たちの音楽であるブラックミュージック、ジャズと親和性を持つのは不思議ではない。
カデンツァは単にヴィルトゥオージティを示すものではなく、ラテン風、ジャズ風のテーマがふんだんに使われ、この後の楽章を示唆している。
2楽章(Rather fast)では、クラリネットは少し戯けたような音に様変わり。この道化の表情もクラリネットの音色とよく合う。伴奏も全体的にテクスチャーが薄く、その分メロディラインは際立ち、リズムは生き生きと浮き彫りになり、ビートの七変化も非常に愉快だ。打楽器は用いられていないが、コントラバスはスラップするし、ハープでさえパーカッシブな演奏をする。
精巧に作り込まれた熱狂的なコーダは、クラリネットのスミア(ベンドアップ)でフィニッシュ。いかにも往年のジャズらしい。コープランドいわく、コーダは当時流行っていた南北アメリカのポピュラー音楽、特に当時聴いたリオデジャネイロの音楽とアメリカの音楽が、意識的にではないが融合した形になったそうだ。


コープランドとジャズの親和性を出自云々に触れて語るのはやや行き過ぎか。背景考察は楽しいが、元々ベニー・グッドマンのために書かれたのだからジャズは入るだろ、というくらいで良いのかもしれない。
往々にして協奏曲ではあることだが、この曲もまた、コープランドが要求するものがベニー・グッドマンの技術レベルを超えたものとなってしまい、スコアにはハイノートを下げるなどの、ベニー・グッドマンによる書き換えが記されている。原典よりもベニー・グッドマン版の方が録音が多いというのも面白い。クラリネット奏者にとってのベニー・グッドマンがいかに偉大な人物なのかを物語っている。
僕は正直、なんでこの曲が色々な名曲紹介本などに載っているのか、いまいちわからない時期もあったが、今ならわかる。人生はビタースウィートである。年をとったなあと、再び思う。
先日、ヴィトマンの演奏会でクラリネットの無限の可能性に触れ、クラリネットの曲で記事を書きたいと思っていた。やはり生演奏の刺激は良いものだ。

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